第7話  8月 ハル君と夏休み(5)

「なんでもないんだ」

「また、みんなでボーリングやりたいなって思って」

「俺は今度じゃなくて、今日一緒が良かったよ」

「え?」


 ハル君、不機嫌?

 その表情から気持ちを読み取りたいのにわからない。

 もしかしてわたし、何か気に触ることいった?


 その時、ハル君の視線がわたしの後ろに向けられた。


「みーどーり!!」

「わ!美紀!?」


 後ろから抱きつかれた衝撃でよろけたわたしの身体が、ハル君の胸に飛び込みそうになる。それをハル君の両手が肩に触れて止めた。


「澤村さん、危ないから」

「だってなんか二人で深刻そうだから。緑、青山君にいじめられた?」

「まさか!球戻すのに一緒について来てくれただけだよ!」

「それだけ?」


 わたしに抱きついたままの美紀の視線はおそらくハル君に向けられている。だからその質問も、ハル君にしたものだろう。


「一ノ瀬さんが苦しそうだから、そろそろ離れてあげたら?」

「別にいつもこんな感じだけど、青山君やきもち?」

「ちょっと、美紀!変なこと言わないでよ!」

「だって絶対そうだよ!青山君も緑にハグしたいんじゃない?」

「もう!美紀のバカ!そんなことあるわけないでしょう!」


 美紀はすぐにそういう方向に持っていこうとするから、慌てて誤解を解こうとすると、ハル君がため息を吐く音が聞こえた。


「俺、自分の戻してくるから、一ノ瀬さんは澤村さんと戻りなよ」


 そう言うなり、ハル君は背中を向けてさっさと歩き始めた。


「……青山君って、緑には優しいよね」

「ハル君はみんなに優しいでしょう?」

「そうかな?」

「そうだよ。あと、美紀は何か誤解してるみたいだけど、わたしとハル君は友達だからね!さっきみたいな揶揄い方はハル君にも迷惑だから、次からはしないでよ?」

「わかったけど、何かあったときはすぐに教えてよ?」

「本当に何もないから。それより戻ろう?」

「はーい。でも美紀はいつでも緑の味方だからね?」

「うん。いつもありがとう、美紀」


 わたしの言葉に美紀は嬉しそうに頬を緩めると、もうこの話題は終わりと宣言するように、全く違う話を始めた。

 美紀のこういうところが好きだ。明るくてハキハキとした性格で、美人でスタイルも良いのに気取ってなくて、男女関係なく人気者で、恋バナが大好きだけど“ここ”というラインはちゃんと守る。それでいて、いつどんな時も相手への思いやりを言葉にして伝えられる。

 

 この高校に入って一番良かったことは、美紀と悠子と友達になれたことだ。



◇ ◇ ◇



 ボーリング場を後にしたわたしたちは、近くのハンバーガーショップでお昼にすることにした。

 なんとなく、ハル君に近づくことに躊躇いを感じてしまい、道中は美紀と悠子と一緒にいた。ハル君もさっきのやりとりはなかったように、男の子たちで集まって盛り上がっていた。


 やっぱりさっき不機嫌そうだったのは、わたしが原因かもしれない。


「一ノ瀬はラッキーセットでいいだろ」


 カウンターでメニューを見ていると、里中君が後ろから覗き込んでそう言った。ラッキーセットはおもちゃが付いてくる子供向けメニューだ。


「そんなに子供じゃないから!里中君が頼んだら?」

「へー俺にそんな態度取るのか?誰かさんのせいで負けて罰ゲームさせられる俺に」

「それとこれとは別だよ!あの、テリヤキバーガーのセットでお願いします!」

「げ、テリヤキかぶってるし」

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