第6話  8月 ハル君と夏休み(4)

 結局、勝ったのは悠子と村上君のカップルチームで、わたしたちは最下位だった。

 「チームワークの差だな」と村上君が得意気に言うと、悠子は「はいはい」といつものように呆れた顔をしていたけれど、どこか照れているようにも見えて、わたしまで嬉しくなってしまった。


 それに負けたとはいえ、里中君と玲君の指導と応援のおかげで、わたしのボーリングのスコアも少しは良くなって、気づけば誰かがストライクを出すたびに3人でハイタッチをしていた。


「じゃあ、借りたもの返したら飯食いに移動で!」


 村上君の声に全員が「はーい」と返事をして動き始める。

 みんなに後れを取らないように、わたしも急いでバッグを肩にかけ、使った球を両手で持ち上げると、隣のレーンの美紀の元に向かおうとした。


「あ、緑ちゃん待って」

「え?」


 呼び止めたのは玲君だ。

 何か忘れ物をしただろうか。

 だけどわたしの横まで来た玲君は、思わぬことを口にした。


「ハル!緑ちゃんのも一緒に戻してあげてよ」


 玲君のその言葉に、美紀とよっしーと喋っていたハル君がこちらを振り返ると、一瞬戸惑うように目を丸くしてから、すぐにわたしたちのもとへ歩いてきた。


「え、あの、玲君、わたし自分で戻せるよ?」

「大丈夫、大丈夫。緑ちゃん荷物多いし、ハルにお願いすればいいよ」

「でも……」


 気遣ってもらえるほどの荷物は持っていないのに、玲君がどうしてそんなことを言うのか、考える間もなくハル君が目の前に立つ。


「貸して」


 そう言ったハル君の手が、返事を待たずにわたしの手からボーリング球を取ろうとする。


「自分で持てるから大丈夫だよ!」


 たしかにボーリングが終わったら話しかけようと思っていたけれど、この展開は予想していなかった。もしかして、玲君はわたしの気持ちに気づいているとか?


「……じゃあ、一緒に戻しに行く?」

「え?……あ!うん!そうしよう!玲君も一緒に!」

「玲ならもういないけど」

「……本当だ」


 いつの間にか玲君も里中君もいなくなっている。

 美紀とよっしーも、二人で返却に行っている。

 つまり、ハル君とわたしだけがここにいる。


「行こう」

「うん……あの、ごめんね」

「何が?」

「だって、美紀たちとおしゃべりの途中だったでしょう?」


 隣を歩きながらそう聞くと、ハル君は少し黙った後でわたしを見た。


「一ノ瀬さん優先だから」

「……あの、それってどういう意味?」

「そのままだけど」

「そのままって……」


 心臓がドキドキ鳴っている。

 間違った期待をしそうになる。

 期待なんてしても無駄だと知っているのに。


「わたし、頼りないよね」

「……なんで?」

「だから玲君もこうやってハル君に任せたのかなーって。ほら、悠子や美紀はしっかりしてるでしょう?だから一番頼りないわたしをハル君も優先してくれたのかなって……」


 きっとそうに違いない。


「放っておけないって意味ではそうかもね」

「やっぱりそうだよね。もっとしっかりしないとダメだね」


 ハル君の言葉に、どうにか上手く返さなくてはと思うほど、その横顔を見れなくなる。苦しくて、早くみんなのところに戻りたい。


「一ノ瀬さん」

「なんでしょうか?」

「ここだよ」

「ここ……え、あ!ここか」


 立ち止まったハル君に釣られて歩みを止めたわたしは、そこが自分の球の置き場だとようやく気づく。まるで長い長い道のりを超えた気分だ。


「俺も自分の戻してくるから、一ノ瀬さんは先に靴返しておいでよ。松本さんたちもあっちにいるし」


 そう言ってハル君が受付横のスペースで靴を履き替える悠子と村上君を指す。いつの間にか里中君と玲君も合流しているようだ。


「でも、わたしもハル君と一緒に戻るよ」

「俺の反対側だから」

「……そうなの?」

「うん。だから先戻っていいよ」


 考えてみれば、使ってる球の重さが違うのだから、置き場所だって離れていて当然だ。それなのにわざわざ一緒に来てくれたんだ……。

 

ハル君はやっぱり優しいな。


「わたし、今度はハル君と一緒のチームがいいな」


 気づいたら、言葉が勝手に口から溢れていた。


「わっ!ごめん!なんでもない!」


 一体何を口走ったのか、急いで両手で口を覆うがもう遅い。

 そんなわたしをハル君がじっと見下ろしてみる。

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