第10話 9月-② 悠子の企み(2)

「今日から一週間、緑たち3人には手を繋いで登校してもらいます」


 満面の笑みを浮かべる悠子の言葉に、少しの沈黙が流れる。

 多分みんな予想外の内容に理解が追いつかなかったのだろう。

 だってとても不思議な罰ゲームだ。


「最悪……」


 最初に口を開いたのは里中君だ。


「え、俺はいいよ?緑ちゃんは?」


 嫌そうな顔をする里中くんとは反対に、玲君はなぜかウキウキした顔でわたしに聞く。だからようやくわたしの頭も動き始める。


「や、え?ええ……恥ずかしいよ。だって登校ってことはみんなに見られるんでしょう?」

「まあ、罰ゲームってそういうものでしょ」

「美紀までそんなこと言わないでよー!」

「せっかくなら一ノ瀬が真ん中で、両手に花?嫌、こいつらじゃ花ではないか」

「もう、よっしーまで面白がってる!」


 困り慌てるわたしを美紀とよっしーがケラケラ笑う。

 わたしだって罰ゲームと言われれば、絶対に嫌ってわけではない。きっと学校のみんなの注目を浴びたとしても、笑い話で終わるだろう。だけど……さっきから一人黙ったままのハル君にこっそり視線を向けた時、村上君が「ハル」と声をかけた。心臓が止まるかと思った。


 だって机に肘をついたハル君と、迷うことなく目があったから。

 まるでずっと見られていたみたいに。


「……無理」


 ハル君が口にしたのはたった二文字。

 不機嫌そうなその表情に、わたしは慌てて頭を回転させる。


 無理……無理って、どういう……。


「あ!ハル君は違うチームだから、罰ゲームないよ?」


 もしかしたら自分も罰ゲームをやると勘違いしての「無理」なのかもしれない。だってきっとハル君は遊びでもそんな姿見られたくないだろうから。

 そう考えた末のわたしの言葉に、ハル君は目を丸くした。それから「一ノ瀬さんは頭が悪い」と悪態をつく。


 ハル君からの思わぬ言葉に、今度はわたしが目を丸くする番だ。


「だってハル君が無理って言うから、もしかしたら勘違いしているのかと思って」


 どうすればいいのかわからず混乱するわたしから、ハル君の視線が離れていく。

 呆れられた?嫌われた?何か言わないと……!


 慌てて正解の言葉を探すわたしの隣に、誰かが立つ気配がした。

 だから横を見ると、里中君だった。


「いいよ。その罰ゲーム、一週間やるよ」


 さっきまで嫌がっていた里中君が、ハル君を見下ろしながらそう言った。だけどハル君は黙ったままで、ただ不機嫌そうな視線を里中君に向けた。


「ちょっと里中君!さっき嫌って言ってたのに裏切らないでよ!」

「仕方ないだろ、罰ゲームなんだから」

「そうかもだけど」

「それとも一ノ瀬は俺と手を繋ぐのがそんなに照れるのか?」


 ニヤリと笑う里中君は、完全にわたしを揶揄っている。


「そんなことあるわけないし!里中君こそわたしにときめいちゃうかもよ?」

「バカか?あるわけないだろ」

「いひゃい」


 里中君がわたしの頬をブニブニと抓るから、みんながまた笑い出す。


「では罰ゲーム決定で、青山君もいいかしら?」


 ただ一人、机に伏せてしまったハル君に悠子がそう聞く。

 それにハル君が「勝手にすれば」と返事をする。


 ハル君、今日は機嫌が悪いのかな。

 それともやっぱり、わたしに怒っているのかな。


「青山君、嫉妬してるんじゃない?」


 HRが始まる直前、美紀がわたしに耳打ちした。

 でも、それはないよ。ハル君は、わたしにそんな感情は持たない。

 だから優しくされても期待したらダメだって、ずっと自分に言い聞かせてきた。


 でも、急にこんな風に冷たくされた時は、どうすればいいかわからなくなる。


 ただ友達として、近くに居られるだけでいいのに。


 ハル君はいつだって優しい。

 それから時々、難しい。


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