第4話 8月 ハル君と夏休み(2)
「ごめん。俺、寝起き悪くて……感じ悪いよね」
「え、そんなこと」
「おーい!レーン空いたってー!!」
そんなことはないと、気にしてないと言いたかったわたしの声は、受付を終えた村上君の声にかき消された。ハル君の視線も、もうここにはない。
「緑!美紀!靴借りにいこう!」
村上君の隣で悠子が手招きをするから、わたしの視線も動き出す。
ああ、失敗だ。いつもハル君を前にすると上手くいかない。
みんなで靴を借りると、じゃんけんでチーム分けをする。悠子と村上君のカップルチームと、美紀とよっしーとハル君のチーム。わたしは玲君と里中君と同じチームになった。
じゃんけんをしたのに偶然か運命か同じチームになったことに、悠子が村上君に文句を言うが、その表情はどこか照れているようで、同性のわたしから見ても可愛い。そんな二人の様子を横目に見ながら自分の投げる球を選んでいると、里中君が声をかけてきた。
「一ノ瀬ってボーリング出来なさそうだよね」
「それは……否定はしないかも」
正直、里中君とは同じグループにいながらもあまり話したことがない。というか、里中君はわたしたち女子3人とはほとんど絡まない。だからちょっと苦手だったりする。
「緑ちゃん、これにしたら」
かけられた声に振り返ると、ピンクのボーリング球を持った玲君が立っていた。突然の里中君との会話にどうしていいか戸惑っていたわたしは、その姿にホッとしてしまった。玲君とは一年の時も同じクラスだったから、男子の中でも話しやすい。
「ありがとう。ちょうどいいかも」
ハル君とは同じチームになれなかったけど、玲君が一緒で良かった。
受け取った球を抱えて、わたしは里中君と玲君の3人で自分たちのレーンに戻った。
「じゃあ、負けたチームは罰ゲームで!」
そんな村上君の掛け声で、わたしたちのボーリング大会は始まった。
◇ ◇ ◇
「一ノ瀬、マジで酷い……」
「緑ちゃん、まだ3投目だから大丈夫だよ!」
「ご、ごめんなさいいいいい」
前途多難なわたしたちのチームの隣では美紀たちのチームが盛り上がる。つまりハル君のチームだ。
「ハル最高!!」
「青山君すごーい!!」
絶対カッコいいであろうハル君のボーリング姿を見たかったけれど、1ゲーム終わって完全に足を引っ張っているわたしに余所見をする余裕はもちろんなかった。今日ほど自分の運動神経を呪った日はない。
2ゲーム目が始まる前の休憩タイム。一人自販機コーナーに来たわたしは、そこで買ったコーラのペットボトルを手にため息を吐く。
「一ノ瀬さんもパシリ組?」
顔を上げると、さっきは見ることも許されなかったハル君がいた。
「あ、わたしは二人に迷惑かけてるからお詫びというか……」
隣に立ったハル君が素早く自販機のボタンを押しながら、「ふーん」とそっけない相槌を打つ。もしかしてまだ不機嫌なのかな。
恐る恐る見上げると、ハル君もこっちを見ていた。つまり目が合った。
「一ノ瀬さんは買わないの?」
「えっと、わたしは今からオレンジジュース買おうかと」
そう答えるとハル君の視線が自販機に戻り、オレンジジュースのボタンを押した。それから手にしたスマホをかざすと、ペットボトルが連続して落ちてくる。
あれ?オレンジジュース……
「はい、一ノ瀬さんの」
状況が飲み込めずにいるわたしの前で、落ちてきたペットボトルを順番に取り出したハル君が、オレンジジュースのそれをわたしに差し出した。そこでようやく頭が動き出す。
「え!ありがとう!お金!今出すね!」
慌てて近くのベンチにコーラを置いてお財布を開けようとすると、ハル君のスマホがわたしの前で揺れた。だから跳ねるように顔を上げた。距離が、思っていたよりも近かった。
「いいから、奢り」
「え、でも……」
「頑張ってる一ノ瀬さんに俺からのご褒美」
そう言って綺麗に笑うはる君に、胸がいっぱいになる。
まるでオレンジジュースのプールにダイブした気分。
「ありがとう!わたし、ハル君にオレンジジュース貰ってばかりだね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます