8月 ハル君と夏休み

第3話  8月 ハル君と夏休み(1)

 これは夏休みが始まって一週間と少しが経った8月のある日の出来事。

 その日わたしたちは学校から二駅の場所にあるボーリング場に集まっていた。


「あーあ、プール行きたかったな」


 悠子が綺麗に整えられた眉を下げながら呟いた。

 それに素早く反応するのは美紀だ。


「今日に限って雨なんて!絶対この中に雨男がいる!」

「なんで男限定!?」


 夏らしいオレンジのネイルが映える美紀の人差し指が伸びた先で、村上君がもっともなツッコミをする。二人のそんな絡みはいつものことで、彼女である悠子は村上君を助けるわけでもなく、いつものクールな表情でため息を吐く。


「悠子、元気出して」

「うん。大丈夫。ボーリングも楽しみだから」


 夏休み前の教室で約束したプールがあいにくの雨で中止になってしまったのは残念だけど、天気ばかりはどうしようもない。それでもみんなで集まろうとなり急遽決まったのがボーリングだ。


「あいつら遅くない?」


 それまで黙ってスマホをいじっていた里中君が、顔を上げて村上君に聞く。

 あいつらと言うのは、よっしーと玲君、それからハル君のことだ。


「さっき駅に着いたってメッセきてたから、もう来る頃だと思うけど」


 二人の会話が気になりながらも、わたしたち女子3人の会話は昨日のドラマの話題へと移っていく。


「あの展開はないよね〜」

「庇う相手を間違えてるってのよ」

「確かにちょっとガッカリしちゃった」

「ガッカリなんて可愛いもんじゃないから!」

「そうそう。緑は優し過ぎるのよ」

「でもドラマだし」

「甘い!そんなこと言ってると男がつけ上がるんだからね!」


 そう言って顔を顰める美紀が可愛くてつい笑ってしまう。

 ちょうどその時、数日ぶりに聞く声がボーリング場に響いた。


「おまたっせー!!」


 まるでハワイ帰りかのように真っ黒に焼けたよっしーが大きく手を振る後ろには、玲君とハル君の姿も見える。でも何故だかハル君の顔は不機嫌そうだ。


「ハル、寝起きなんだよ」


 どうしてか、玲君はわたしの前に来てそう言った。

 もしかしてハル君のこと見過ぎていた?

 でもだって、私服見るの初めてだし、どうしても目で追いたくなっちゃう。


「玲、余計なこと言わなくていいから」

「でも本当のことじゃん」


 玲君に続いてわたしの前まで来たハル君は、また不機嫌そうに顔を顰める。だから何か気の利いた言葉でフォロー出来ないかと考えていると、今度はよっしーがハル君の肩に腕を回してわたしを見下ろした。


「そうそう!聞いてよ一ノ瀬!こいつマジで寝起き悪過ぎて、朝から俺に暴言吐いてくるんだよ!ひどくない!?」

「そ、そうなの?」


 教室で見るハル君からは想像出来ないと思いながらチラリとその顔を見ると、居心地の悪そうなハル君と目が合う。


 黒のポロシャツにカーキのパンツ。わずかに見える足首と白のスニーカー。

制服じゃないだけで少し大人っぽく見える。ドキドキする。


「……おはよ」


 先に声をかけてくれたのはハル君だった。

 いつもの爽やかでスマートな「おはよう」とは違う、まだ眠そうで不機嫌なそれが妙に気だるくて大人っぽくて、心臓が騒ぐ。


「お、おはよう」


 恥ずかしくて逸らした視線が、サンダルから覗くターコイズブルーの足先を彷徨う。ネイル、もっと綺麗に塗れば良かった。

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