第10話

第十話



     歌祈へ。



   ☆



 まず、軽音部の先輩たちからいじめにあった事についてなんだけど、ホント、大変だったね。歌祈は顔が女優並みにキレイだから、余計にやっかまれちゃったんだろうね。しかしロッカーの鍵を勝手に開けて生理用品をハサミでズタズタに切り裂くなんて、宝塚かよ! てゆーかそれってもうほとんど犯罪じゃん! もし自分がされたらどう思うとか考えないのかな? って、あたしも同じ事を思ったよ。軽音部にしても、石川君にしても、もう最初から縁がなかったんだと思って早めに切り替えた方がいいと思うよ。むしろ早い段階で本性が分かって良かった、という見方もできるんじゃないのかな? 悔しいとか、辛いとか、気持ちはすごく良く分かるよ。でも、早く忘れた方がいいよ。


 それと、ごめんね、日本へ帰る気はもうないんだ。いじめにあってヘコんでる今の歌祈に、こんなハッキリとした言い方は正直堪えるかも知れないけど、その可能性についてはもう諦めて欲しい。何年かしたら、あるいは何十年かしたら、観光で一時的に日本へ行く事はあるかも知れない。でも、今はもうアメリカで積み重ねて来ている物がいくつかあるし、今さらそれをなかった事にはもうできないんだ。もちろん、歌祈から「恋しい」と言ってもらえた事は、何よりも、心から嬉しく思うんだ。でも、あたしとしてもこの問題についてあれこれ考えたり書いたりするのは辛いんだ。だからもうこの事に関しては触れないで欲しいの。お願いできるかな?


 それともう一つ、実はあたし、バーガーショップの先輩から、ロサンゼルスにある「リトルトーキョー」って街へ一緒にデートしに行かないかって誘われたんだ。その街には日系の人たちがたくさん住んでるんだって。他にも日本の食べ物や日本由来の雑貨屋なんかがたくさんあるらしくて、日米ハーフのあたしと一緒に遊びに行ってみたいんだって言うのよ。そのお相手、珍しい事に日本育ちのあたしよりもよほど日本のニューミュージックとかに詳しくて、反対に洋楽に詳しいあたしからすると、むしろ逆にちょっと話が合わないようなところもあるんだ。他にもさ、今まであたし、アメリカの男の子ってみんな上手い下手はともかくギターぐらい普通に弾けると思ってたんだけど、その人、ギターはてんでからきしだって言うんだ(そう聞かされて、改めてあたし、アメリカの男の子がどれぐらいギター弾けるのかなって思って周りの人たちにそれとなく探りを入れてみたんだ。やっぱり日本の男の子よりはギター弾ける人の比率は高そうに思えた。それはともかくとして…)。正直あたし、その男の子からのお誘いにはあまり乗り気になれなかったからさ、

「詳しい事は言えないんだけれど実はあたし相当な訳ありで日本からこっちに来てるんだ。だからあたしにはあまり変な期待はしない方がいいよ」って遠回しに断ったのね。でも案の定、こういう言い回しはアメリカ人には通用しなくてさ、

「移民なんて程度の差はともかくみんな訳ありだよ。とりあえず一度遊ぼうよ。話はその時聞かせてもらうから」って、いかにもアメリカ人らしいポジティブな事を言い出して、ほとんど強引に日程を決められちゃったんだ。その瞬間、はっきり「NO!」って言えばよかったってちょっと後悔した。まあでも、その「リトルトーキョー」って所にだけは正直かなり興味あるし、相手はもう車も持ってるって言うから、一度くらいなら一緒に行ってやってもいいかなって思って行く事にしたの。


 毅とユータが仲良くしてる事は毅からも聞いてたんだけど、歌祈からもそう聞かされて改めて安心したよ、情報ありがとう。ついでに例の件も毅経由で伝えた事にもお礼を言うね。ありがとう。そっか、歌祈とユータとの間で何かあったんだ、そしてそれが桃ベルを抜けた理由なんだ。まあでも、追及しないって約束だから聞かないよ。今更それを聞いたところで何かが劇的に変わるとは思えないし、聞いたとしてもきっといい気分のする話ではないんだろうから、とにかく聞かない事にするよ。

 そうなんだ、

「お前くらい頭が良ければ、カタコトの英語でアメリカへ行ってコスモを探すくらい楽勝だろう。今ならまだ間に合う。夏休みのうちに探しに行ってこい」

 毅のヤツ、ユータに、そんな事を話してたんだ。確かにユータならカタコトの英語であたしを探しに来るぐらい、きっと"Wark in the park"だろうね。でも、この手紙を読む限り、恐らくユータにはこっちへ来る気はないんだろうなって事が分かって、正直少し安心した。ユータは、アメリカには来ない方がいいよ、その方がお互いのためだと思う。ところであたし、歌祈からこの手紙が届くちょっと前、ホントにホントに奇遇な事に、不思議な夢を見たんだ。

 あたしの事を探しにユータがアメリカへとやって来る夢を…。

 ユータのヤツ、夢の中であたしの住んでる家を探すために、地図を見ながらロサンゼルスの街中を必死になって歩いてたよ。その時あたしはあたしで、ドラムスティックを持ちながら友達と一緒に帰路を歩いてるの。で、あたしの声に気づいてふと地図から目をそらしたユータと、たまたますぐそばを歩いていたあたしの視線がぶつかって、ユータに気づいたあたしは驚きのあまりスティックを両手から取り落としてしまうの。そんなあたしたち自身の姿を、まるで映画を観る時のように、もう一人のあたし自身が俯瞰して見ている、そんな感じの夢だった。で、そんなあたしたち自身を俯瞰しているもう一人の自分が、「ユータの所へ行っちゃダメ!」って叫ぶんだけど、スティックを取り落としたあたしにはそんな静止の言葉は当然のように届かなくて、ユータへと駆け寄ってしまうのよ。そしてあたしたちは涙を流しながら抱きしめ合うの。それを見た友達が、「あ、この人がお兄ちゃんのような存在だったっていう例の日本のボーイフレンドなのね」って状況を理解して祝福してくれるんだけど、その直後、抱きしめ合ってるあたしたちだけが、まるで底なし沼に沈むように、どこまでもどこまでも落ちていくの。そこで夢は終わるんだ。怖かったよ、驚きのあまりまだ真夜中だったのに目が覚めちゃった。


 今はもう二年の女子たち、今でもあたしの事を忘れないでいてくれてたんだね、嬉しい。でも正直、あまりたくさん手紙が来てもその全部に返事書ける自信ないよ。もちろん手紙をくれるのは嬉しいんだけど、返事に関しては正直言ってあまり期待しないで欲しい。もちろんできる限りの事はするつもりでいるけどさ、二年の子たちにはそう伝えておいてくれるかな。それにしてもあたしに対する人気がまさかこんなにまでも根強かったとはね。アハハ、さすがのあたしもこれにはおったまげたよ!


 最後に香水について。クイズ番組みたいに行くね。

 カルバン・クラインのCK1→ブッブー!

 正解は、ダビドフのクールウォーターでした!

 分かったよ。Too much is as bad as too little.…だね? つけ過ぎには気をつけるから、歌祈のお兄ちゃんの彼女さんにもよろしく伝えといてね。

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