第9話

第九話



     コスモへ。



   ☆


 

 大事な話があるんだ。

 部長の石川君とは、あっという間に破局しちゃったの。もっとも、破局と言っても、まだ正式に付き合っていたとは言えないような状態だったんだけど、とにかく、彼との縁はなかったんだって事だけはハッキリと分かったんだ。これでもう終わりだ、諦めようと思った。


 順を追って書くね。

 どうも石川君と仲良くしている事を、軽音楽部の三年の女子たちからあまりよく思われてなかったみたいで、ひどい事をされちゃったんだ。私、部室にある自分用のロッカーの中に生理用品を入れてたんだけど、それを出そうとしたらさ、ハサミでズタズタに切り裂かれてたんだ。替え時が来てた事もあって、余計にショックだったし、それに何よりすっごく怖かったよ。どうやってロッカーの鍵を開けたのかは知らないし、知ろうという気もないけど、もし自分が同じ事をされたらどう思うかとか、考えないのかな? 想像力なさ過ぎだよね。めっちゃ悔しかったよ。それでもう、部活はやめようと思って、石川君にそう申し出たの(もちろん男相手に生理用品の事は言えなかったけどね)。そしたら彼、あっという間に私から距離を置き出して他の女と仲良くし始めたんだ。恋愛ってもっと楽しいものだと思ってた。あの頃のコスモと優太君が、今さらながらにものすごく眩しく思えてきたよ。本当、コスモと優太君はめっちゃお似合いだったよね。私や他の人たちには知られたくない話を英語でやりとりしてたりとか、そういうのを見ていつも思ってたんだ、…羨ましいなぁって。


 優太君とのツーショットの写真、今は二年の子にお願いしといたよ。電話でシーサイドメモリーに呼んだんだ。そしたらあの子たち、

「今コスモ先輩ってアメリカにいるんですよね? 元気にしてるんですか?」、だって。だから私、

「うん、元気みたいよ。移民のための英会話スクールとか、音楽とかバイトとか、アメリカの生活に慣れるためにあの子らしく色々頑張ってるみたい」って教えてあげといた。そしたらみんな、

「よろしく伝えておいてください」って喜んでたよ。ただし、

「写真は少しだけ待って欲しい」って言われたの。私たちが文通してる事を知ったら、

「だったら写真のついでに私たちの手紙もアメリカに送って欲しいんです」ってみんなして言い出してさ、それが書き上がったら、

「一緒に写真も渡します」って言うんだわ。そんなもんだから、とにかく少し待つ事にしたの。必ず送るって約束するからさ、だからもう少しだけ待っててね。

 …てゆーかみんな言ってたよ、

「三年生お別れ会の時のコスモ先輩、男の子みたいで超カッコ可愛かった!」って。ホント、相変わらずすっごい人気っぷりだよね。羨ましいよ。


 そうそう、写真と言えば陸運局で毅さんと会ったよ。私のお兄ちゃんが車検の関係で用があるって言うからさ、お兄ちゃんの彼女さんと三人で、ドライブついでに陸運局へ行ったのね(あ、お兄ちゃんはアメリカでは十六歳から免許取れるって事を知ってたみたいよ)。そしたら実家の車の整備工場の用事で陸運局へ来てた毅さんとバッタリ会ったんだ。うん、ご想像のとおり、毅さん相変わらず元気そうだったよ。それと、優太君とは今ではすっごい仲良しになってるみたいだった。私の後釜に男のボーカルを入れて新しくパンクロックのバンドを結成したって言ってた。相変わらず例のコスモが「Weekend,come hear to the Jone lennon.」って落書きしたガレージの小屋で頑張ってるみたい。その話を聞いた上で、私、コスモと文通してる事を話したのね。そしてその上で、

「コスモから、優太君とのツーショットの写真を頼まれたんだ」とも話したの。そしたら毅さんからこう聞いたんだ。

「ああ、写真と言えば俺もコスモから連絡きたよ。"あたしとお兄ちゃんと毅の三人で撮った写真を送って欲しい"ってな」って。その話題の流れで、毅さんからこうも聞かされたんだ。なんでも毅さん、優太君に、

「お前くらい頭が良ければ、カタコトの英語でアメリカへ行ってコスモを探すくらい楽勝だろう。今ならまだ間に合う。夏休みのうちに探しに行ってこい」って提案したんだって。でも、優太君はその事に関してなんにも一つも返事しなかったらしいんだ。

「なぜ答えてくれなかったのかは分からなかったけど、アイツが急に黙りこくるのはよくある事だからな」って、毅さんはそう言ってたよ。それと、その、気を悪くしないで欲しいんだけど、コスモのお父さんのお葬式の事についてとかもチラッと聞いたんだ、もちろん、お兄ちゃんや彼女さんには「真相」が分からないように二人きりになってからだったけどね…。だからこの事、一応念のために教えておこうと思うんだ。なんでも遠い親戚の人が、

「いくら父親の酒癖が悪かったとはいえ、コスモちゃんが急にアメリカへ行ってしまったとか、葬式に来ないとか、いろいろと不自然な事が多すぎだよな」って言ってたらしいんだ。それに対して毅さん、

「俺も気になってアメリカのコスモに電話したんです。そしたらフランシス叔母さんから"とにかくそうしろ"って言われたんだって聞きました。"日本にいたら犯罪者の家族として肩身の狭い思いをする事になるから"って」、だいたいそんな風な答え方をしたらしいんだ。

「とにかくこれでもうこの問題は完全に終わったよ。だから念のためにもう一度だけ言っとくけど、とにかく余計な事は絶対に言うなよ」とも言ってた。もちろん、口が裂けたって他言する気は全くないけどね。

 それとさ、確かコスモ、二回目の手紙で優太君にこう伝えて欲しいって書いてたよね。「ユータが二回目のアンコールの時に、MCでお兄ちゃんの話をしちゃったばっかりにああいった一連の出来事が起きしまった事について、どうかお気になさらないでください」って。実は私、あれまだ優太君に伝えてなかったんだ。というのは私ね、例の相手がコスモだからこそ言えない色々な事情で「桃色ウインドベル」を抜けた後、実は優太君とは一度も会ってないのよ。それこそ色々あったばっかりに、今では優太君とは電話もしていないの。で、伝えたくても伝えられなかったんだ。だから今回、陸運局で毅さんと会ったのをいい機会だと思って優太君にそう伝えて欲しいって話しておいたんだ。今更もいいところであれなんだけど、伝えた事は事実だから報告しとくね。それと、だいぶ遅れちゃってホントにごめんね。


 警察と悪い人とのカーチェイスと銃撃戦の話。あれ手紙で読むだけでもじゅうぶん怖かったよ。まあでもアメリカでは珍しくないのかもね。でも日本だとそんな事はまずないからね、それと同じ感覚で生活してたら危ないんだろうね。コスモのおばあちゃんも言っていたように、もしもの時は本当に気をつけてね。自分の身は自分で守らなくちゃね。ところでコスモ、どうだろう? 今すぐじゃなくてもいいんだけど、日本へ帰って来ない? やっぱり日本の方が治安もいいし安全なんじゃないかな。と言うのもさ、私、例の軽音部の先輩たちから生理用品をズタズタに切り裂かれた後の事なんだけど、思わず鏡を見ながら一人で大泣きしちゃったんだ。やっぱり私、人と深く付き合う事がそんなに得意なタイプじゃないんだって改めてそう実感したの。コスモ以外の女の子と仲良くやっていけるって自信、正直、これっぽっちもないんだ。コスモが恋しいんだ。だから、どうかな、マーガレットの事もあるし(もちろんこれは半分は冗談だけど)、何度も言うようにすぐじゃなくてもいいから日本に戻って来て欲しいんだ。考えといてくれないかな?


 香水は、あたしもそこまで詳しくないから、お兄ちゃんの彼女さんにも匂ってもらったんだ。そしたら、「柑橘系だね。カルバン・クラインのCK1かな?」って言ってた。それとお兄ちゃんの彼女さんが、

「鼻は麻痺し易いからつけすぎにはくれぐれも注意するように伝えておいてあげな」だって。

「バスクリンの入ってるお風呂が匂わなくなるのは、匂いがなくなったからではなくて、自分の鼻が麻痺してくるからなの。ワンプッシュでじゅうぶんだからね」とも言ってたよ。


 というわけで、今回はこの辺で終わりにするね。

 次回は写真と二年の子たちの手紙、必ず送るからもう少し待っててね。

 じゃあ、またね。

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