第8話

第八話



     歌祈へ。



   ☆



 はい。マーガレットより楽しみなお手紙で〜す♩

 まず始めに、告白された事を祝福するよ、おめでとう。良かったね。相手の事、何も知らないあたしが言うのはなんだけど、もう返事は保留なんて言わずに今すぐ付き合っちゃえば?

 色味なんて言葉自体初めて知ったよ。空の色なんてあまり意識した事もなかったし。でも確かに日本とロサンゼルスじゃ空の色が全然違うんだよね。今現にこうしてロスに住んでるあたしが言うんだから間違いないよ。きっとその石川君って人は色彩感覚が優れているんだろうね。その人の描く絵を見てみたい。歌祈をモデルに描いた絵をこっちに送ってよ。

 あ、石川君から「脱いで」って言われても責任は持たないからね(笑)。


 それと、カインド・オブ・ブルーのCDありがとうね。おじさんにもよろしく伝えておいて。もちろんさっそく聴いてみたよ。前の手紙でも言っていたように、シーサイドメモリーでよくジャズを聴いてたけど、真剣に聴いたのは実は今回が初めてなんだ。ドラムめっちゃ難しそうだね。これがロックなら(クラシックもそうなんだけど)、楽譜のとおりに演奏すればいいわけなんだけど、即興でこれを演れって言われると迷いが出て自信を持って叩けないんじゃないかなって思った。二泊と四泊にシンバルやハイハットを叩いてアクセントをつけてるっていうのもロックドラムの常識とは真逆なんだよね、ロックだと二泊と四泊に来るのは普通スネアだから。他にも聴いてて思ったのは、それでいてなおかつ、楽譜のとおりに演奏する音楽とは違う意味での制約があるようにあたしには感じられたんだ。体力的にはロックのドラムの方が断然辛いけど、ジャズのドラムは体力よりも神経をすり減らしそう。きっとあたしにはジャズのドラマーは無理だろうな。確かに刺激的だから聴いてて楽しいは楽しいんだけど、正直少し疲れちゃった。真剣に聴くよりは、やっぱりドライブとかでBGM風に流して聴きたい音楽だとあたしは思った。ドライブといえば、アメリカでは十六歳から車の免許が取れちゃうんだって。ハイスクールで運転を教えてる所もあるらしくて、自分で運転して学校へ通うだなんてこっちではもう当たり前なんだ。誕生日は歌祈の方が早いけど、あたし一足もふた足も早く車を運転する事になりそう。楽しみだけど、ちょっと怖いかも。まあ頑張るよ。


 怖いといえば、あたしついこの前、それはそれは怖い体験をしたんだ。なんと、警察と犯人が拳銃撃ち合ってるところを目撃しちゃったのよ。今回は特にこの事を書きたくて筆をとったようなもんなんだ。

 スーパーへ買い物に行ったのね。そしたら少し離れた歩道のガードレールに、パトカーに追われていた車が衝突したのよ。それでもすぐには減速できなくてガードレール沿いに火花を散らしながら縁石に乗り上げて左半分を下にして横転しちゃったの。そしたら横転した車の助手席側(言っとくけど左ハンドルだからね)のドアから犯人が身を乗り出して警察に向かって発砲し出したのよ。そしたら追いかけてきた警察もパトカーを盾にして拳銃で応戦し始めたの。あまりにも突然過ぎる出来事を見て、「現実離れしてる。まるで映画みたい」と思って呆然と立ち尽くしちゃったんだ。そこでふと、我に返ったの。周りの人たち、全員頭を腕で覆いながらアスファルトに伏せてるのよ。「あ、あたしも伏せなきゃ」って思ってだいぶ遅れてからあたしも伏せたの。家に帰ってその話をしたら、おばあちゃんから、「何かあったらすぐに伏せなさい!」ってめっちゃ怒られたよ。アメリカで生活すると決めた以上は、こういう事にも慣れていかないといけないんだなって、強く思った。


 ユータの小説。面白かったよね。前にも言ったとおり、本人はあれを「こんなの太宰治のパクリだよ」って笑ってたけど、あたしには何がどうパクりなのかよく分からなかった。正直小説の事なんてよく分からないしね。でもきっとユータがそう言うのならそうなんだろうね。アイツはきっとミュージシャンよりも小説家の方が向いているんだよ。ギターにしても、最初の頃こそ、「呑み込み早いし、きっといつかはお兄ちゃんみたいにそれはそれは上手くなるんだろうな」って、正直ちょっと期待してたんだ。けど、ある程度弾けるようになってからはあまりに伸びなくなっちゃった。ま、なんでもかんでもお兄ちゃんみたいにはならないよね。でもあたしは、ユータのまるで、お兄ちゃんのような優しい性格が好きだったんだ。だから、正直ギターの腕が伸びなくなっちゃった事に関してはあまり失望してなかったんだ。それに、ユータの言葉にはまるでザードの「負けないで」みたいに、不思議と人を前向きにしてくれる力があったしね。だからその言葉をあたしだけじゃなくてもっとたくさんの人たちに届けてもらいたいの。だからユータには期待してるんだ。「夢を叶えて、いつか小説家になって欲しい」って。そうすればあたしとしてもユータを好きだった事を一生の誇りに思えるもんね。


 ところでお願いがあるんだけど、「三年生お別れ会」の後に一年の女子に撮ってもらったユータとのツーショットの写真が欲しいんだ、こっちに送ってくれないかな? 一年の女子(今は二年か)にお願いすれば間違いなく手に入ると思うの。だからそうしてもらえる? それとさ、マーガレットも読みたいんだよね。「花より男子」ってあの後どうなったの? 教えてくれない? 正直、アメリカに渡った時点でマーガレットも花より男子ももう諦めてたんだ。でもこうして歌祈と繋がっていると、日本の事をいろいろ知る事ができるんだよなって、ふとそう思ってしまうのよ。


 うん、歌祈も言うように、実は香水つけてました。

 前回同様、今回の手紙にも同じ香水つけてます。

 さて、何の香水でしょう? 香水は歌祈の方が詳しいでしょ? 当ててみて。

 この香水はね、バイト先のバーガーショップの先輩店員さんでこれをつけてる男の人がいて、匂いが気になっちゃったもんだから思い切って聞いてみたの。そしたら次の日、「もう残り少ないからこれあげるよ」ってボトルごとそっくりくれたのよ。で、いざ自分の体につけてみたら、あたしこの匂いがますます気に入っちゃって、入ったばかりのバイト代で新品買ったの。もうすっかり香水が気に入っちゃった。


 See you later,

 bye-bye.

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