第7話

第七話



     コスモへ。



   ☆



 キャーッ! コスモへ、ビックニュースがあります。

 なんと私、告白されちゃいました〜!

 相手は軽音楽部の部長やってる三年生。名前を「石川拓也君」って言うんだ。入部してたったの2、3週間くらいでいきなりこう言われちゃったの。

「稲田さんって、前から思ってたんだけど、目が大きくて可愛いよね。実は俺、最初にひと目見た時からずっと好きだったんだ」って。

 まだはっきりと返事はしてないんだけど、それから毎日、駅まで一緒に帰ってるんだ。毎日学校が終わる時間になると、「一緒に帰ろっ」ってわざわざ私のクラスに迎えに来てくれるの。「こんな可愛い子と一緒に帰れるなら俺も鼻高々だよ」って毎日言ってくれるし、だから私もう毎日がお姫様気分! しかもこれがまたけっこうカッコイイ人でさ、ESPのSUGIZOモデルのギター(ルナシーのギタリストなんだけど洋楽一辺倒のコスモに分かるかな? レスポールっぽい形をしてるギターなんだけど?)弾いてるんだけど腕もいいのよ。ただ、本当に付き合うかどうかとなるとちょっと慎重になっちゃうのよね。顔がいいだけにさ、他の子にも同じような事をしてるんじゃないかなって不安になるのよ。

 だから返事はまだ保留中。


 チュッパチャプス・バブルガム・イン・キャンディー美味しかったよ。ありがとう。今まで私、チュッパチャップスだと思ってたんだけど、正しくは小さい「ッ」がないチュッパチャプスなんだ。舌を見たら確かに紫色になってた。でもこれ、アメリカでは青って言うんだね。

「国が違うと色に対する感性も変わってきちゃうのかしら。それとも目の色が違うと違って見えるのかな?」

 学校からの帰りに、私、コスモの事を話した上で石川君にそう聞いてみたんだ。というのも、石川君は選択科目では美術を選んでてさ、

「やれ印象派の絵はどうとか、表現主義はどうとか」って絵にものすごく詳しいのよ。

「たかが一個の飴玉でしかないチュッパチャプスが三十円もするのは、包装紙に書かれたチュッパチャプスのロゴをデザインをしたのがシュールリアリズムの画家、サルヴァドール・ダリだからなんだよ」、とも言ってた。だから色の事も分かるかも知れないと思って聞いてみたの。そしたらコスモも前の手紙で書いていたように、

「文化的な違いに由来があるんだよ」って教えてもらったんだ。日本語ではよく、「青々と茂った草原」、みたいな表現をするじゃない。でも実際の草原は緑でしょ? つまり、日本人の感性では、緑がかった青も「青」として認識しちゃうんだって。日本の信号が緑がかっているのはそういった文化的な側面から来てるって教えてもらったの。あと、日本の空とヨーロッパの空では色味も違うんだって。ちなみにアメリカがどうなのかについては、

「分からない、まあでもきっと違うだろうな」って言ってた。

「事実、同じ日本でも夏と冬じゃ空の色味が違うだろ? 同じ国でも季節によって違うんだから、よその土地へ行けばまた違って見えてくるのは当然だよ」とも言ってた。私、石川君と知り合うまで、空の色味がどうとか、国や季節によって違うとか、あまり深く意識した事なかったから、色々と世界が新鮮に見えてきて刺激があって楽しいんだ。ともあれ、信号の色が違うのは、そういった空の色味とかなんとかといった事情もあるみたい。確かに見えにくかったら信号の意味がないもんね。ちなみに、空の色味と信号の色にちなんで、石川君から教わったウンチク話があるんだ。スターウォーズに出てくる、「ライトセーバー」っていう名前の光る剣あるじゃない。それについてなんだけど、主人公のルーク・スカイウォーカーの持ってたライトセーバーが青から緑に変わったのは、空の色が青でライトセーバーも青だと見栄えがしないからって理由でそうなったんだって。確かにいろんな色でカラフルに仕上がってる映画の方が見ていて楽しいもんね。ああそうだ、石川君、フランスのルーブル美術館へ行った事があるんだって。その時にこう思ったらしいんだ。

「日本よりヨーロッパの空の方が、赤い車が映えて見える」って。この言い分に関しては、正直私にはイマイチよく分からなかったな。色彩感覚豊かな人になら分かるのかも知れないけどね。それにやっぱり男の子だからね、車が好きで自然と目が行っちゃうって事も影響してるんだろうと思う。そもそも私は日本から出た事が一度もないから、だから余計に分からないのかも知れないしね。


 ところでいきなりシャネルの正規代理店へ突撃か、相変わらずすごい行動力だよね、コスモらしいや。石川君も「すごい女の子だね」って言ってたよ。しかもロサンゼルスにあるシャネルの正規代理店に英語でウインドウ・ショッピングしに行くなんて本当、かっこいいな、憧れちゃうよ。まあでも、確かに私たちくらいの歳でいきなりシャネルはキツイよね。ブルガリやジャンヌ・アルティスあたりがいいんじゃないかな。それとさ、コスモからの手紙なんだけど、これ、香水つけてるでしょ? 封を切った瞬間そう思ったんだ。何の予告もなしにいきなり奇襲を仕掛けてくるだなんて、これはこれでまたコスモらしいよね。柑橘系の匂いがしたんだけど、どう? 当たってる?


 確かに優太君の小説、面白かったよね。ただ、優太君が「KYOKO」を読んだ事があるのかどうかについては知らないんだよね。確かにあの黒人の男の子の台詞には私も笑ったよ。要領良くてずる賢くて、まるで「誰かさん」にそっくりだよね。それと、あれからまたもう少し歴史の事も勉強したんだけど、ジャズが生まれたのは黒人がアメリカ大陸へ連れてこられたという歴史的な背景と関係があるんだってね。黒人が生まれながらに持っていたリズム感と、白人たちが作り出したクラシックや教会音楽、讃美歌、さらには西洋の楽器と合わさってできたのがジャズなんだって本で読んだよ。知ってのとおりもともとお父さんがジャズ好きで、シーサイドメモリーでもよくJBLのスピーカーでジャズを流してたじゃん。だから私もなんとな〜くジャズは好きだったんだけど、これを機にもっと真剣にジャズを聴いてみようと思ったんだ。クラシックもピアノのレッスンで弾いてるし、特にこれまたコスモも知ってのとおり私ショパンが好きなんだけど、やっぱジャズの方がなんとなく通な感じがしてクールでカッコいいし、それにやっぱりお洒落じゃん。ちなみに、バッハ、つまりバロック音楽なんだけどさ、グレン・グールドが演奏してるゴルトベルク変奏曲って知ってるかな? 若い頃の古い録音(つまりモノラル)と、歳をとってから再録した(ステレオ版)の二枚組のCDがあって、これの新しい方の演奏が、バロック音楽ではあるんだけどどことなく即興的なのね。それとほんの少しだけとはいえわざとタイミングを外してるあたりが、ちょっとジャズっぽくてカッコイイんだよね。それと、お父さんからね、ジャズの帝王、マイルス・デイビスのリーダーアルバム、「カインド・オブ・ブルー」ってCDをもらったんだ。「これダブってるから一枚あげる。コスモちゃんに送ってあげな」って。チュッパチャプスのお礼ついでに同封しとくね。モードジャズの基礎を作った超有名なアルバムなんだって。「青色ブルー」について色々と話題にもなった事だし、ちょうどいいでしょ?


 文通って楽しいよね。コスモから手紙が来るの、私もうマーガレットの発売日よりも楽しみになっちゃったよ。

 最後になるけど、もうじき試験だから今回はこれで終わりにするね。

 返事、待ってるからね。

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