第6話

第六話



     歌祈へ。



   ☆



 前回の返事、遅れちゃって本当にごめんね。

 まさかあたしからの返事が来ない事を歌祈がそこまで不安に思っていただなんて考えてもなかった。あたしの事を恋しいと言ってくれて嬉しい。本当にありがとう。そもそもあたし、

「あたしはもう歌祈とは対等に付き合えない」とか、

「見捨てられるくらいなら、自分からサヨナラした方がいっそせいせいする」とか、

「あたしがユータと一緒にM高に進学? そんな事できるわけがない」とか、考えたらいつも自分から壁を作ってばっかりだったような気がする。本当に、本当に今さらもいいとこなんだけど、「自分から壁を作ってないでもう少しだけ心を開いてみないか? クラスの全員から好かれてる奴なんているわけないんだって開き直っちゃえ。きっと友達できるよ」って言ってくれたユータ様様だったんだね。


 軽音楽部での事は、あまり気にしない方がいいんじゃないかな。もしユータなら、「やっかんでるだけだ、気にするな」、きっとそう言うと思う。唄の上手い下手って、楽器と違って練習ではどうしても超えられない、生まれ持った要素による部分が強いし、それに歌祈はなんと言っても唄が抜群に上手いからね。もうこればっかりはどうしようもないよ。むしろもうこのまま嫌われっ放しキャラを貫いて突っ走って、嫉妬するだけ無駄だって事を教えてあげちゃいなよ。それより、「コスモが恋しい」と言ってくれた事、本当にありがとう。まさかそこまで思っててもらえてたなんて嬉しいよ。世界で唯一、あたしも歌祈だけだよ、ここまで本音で物を言い合えるのは。こっちだとどうしても言葉の壁を感じる時もあるし、やっぱり表情だけだとどうしても相手の感情を読みきれない時もあるんだ。やっぱり、まだまだアメリカには完全に順応し切れてないんだろうね。

 毎日大変だよ。


 歌祈のお兄ちゃん喜んでくれて良かった。あたしも嬉しい。お兄ちゃんの彼女さんが文通を英語でやり取りしてるって勘違いしてた件なんだけど、あたしあれ読んで笑っちゃった。いっそ英語だって事にして騙しとおしちゃえば良かったんじゃない? あ、でも、手紙に香水を吹き付けるなんていいアイデアだよね。今まで香水にはあまり興味なかったんだけど、これを機に何か好みの香水探そうかな、って思ってさ、あたし思い切って例の黒人の友達第一号(歌祈の事はもちろん紹介しといたからね)と一緒にシャネルの正規代理店へ行ってみたの。でもダメだった、確かに店員さんは普通に応対してくれたし、気になった香水を紙に吹き付けて名前を書いてもらったりサンプルをもらったりとかもしたんだけど、まだあたしくらいの歳で使えるような香水じゃないってハッキリ分かったよ。それに何よりやっぱりシャネルなだけあってそれはそれはお高かったしね。ま、それが分かっただけでも良かったかな。


 歌祈が送ってくれた「KYOKO」、読んだよ。面白かった。

 なんか良くも悪くもいい人ばっかり登場してくるあたりが都合良すぎだよなぁとは思ったけど(実際のアメリカ人はここまでお人好しじゃないよ)、あたしもレイプされないようにくれぐれも用心しなくちゃって心から思った。しかもそれでエイズまで移されたら死んでも死に切れないよ。特にさ、「途上にいるのは、落ち着かなくて不安定だが、たぶん何とかなると思う」、あの言葉は刺さったね。まさに今のアメリカに適応しようと頑張ってるあたしの気分。うん、あの黒人の男の子には笑ったよ。「オヤジに向かって生まれて初めて喋った言葉も確か嘘だった」、あれは最高だった。あたしこの男の子と友達になれそう。「あたしも生まれて初めて殺したヤツは親父だったよ」ってね。ま、これはあまりにもブラックジョークが強すぎて笑い方が分からないって思われちゃうかも。それにそもそもジョークにならないよね、ま、もっとも、あんな親父死んで当然なんだけど、さ。ところでユータはこの小説を知ってるのかな? アイツの書いた小説の事、歌祈も忘れてないよね? 本人は「こんなの太宰治のパクリだよ」って言って笑ってたけど、あれ面白かったじゃん。


 桃色ウインドベルから脱退した理由ついては追及しないよ。歌祈にもいろいろあるだろうし、きっとあたしがいない男ばっかりのバンドじゃやりづらさもあるんだと思う。てゆーか多分、あたしの後任のドラムは毅の友達の小枝君でしょ? ここだけの話、あたしあの人の事、大っ嫌いなのよね。確かにドラムが上手いのは認めるんだけどさ、あたしにはあたしなりのやり方ってもんがあるじゃない、それなのにあたしのドラムスティックの持ち方にいちいち事細かくあれこれ口出ししたりとかさ、何でそんな偉そうな言い方するのか分からない。それに、なんかあるとすぐ、「ドラムはやっぱ男の楽器だよな」とかなんとか言い出して見下してくるし。だからってわけじゃないんだけど、確かに、「桃色ウインドベルを成功させてね」、とは言ったよ、でも、それに関しては全く気にしなくていいからね。


 文通って楽しいね。あたしも歌祈から返事が来るのが毎日楽しみ。飛ばし過ぎるとあたしも疲れちゃうから今回はこの辺でやめとくね。それと「KYOKO」のお礼にこのお菓子同封しとくね。「チュッパチャプス・バブルガム・イン・キャンディー」。名前のとおりチュッパチャプスの中にガムが入ってるの。日本じゃまずお目にかかれないでしょ? 美味しいよ。舌が紫色になっちゃうのがちょっとグロいんだけどね(アメリカではこの色は紫じゃなくて青と言うみたい。こっちに移住して初めて気づいたんだけど、日本の信号の青って緑がかってるでしょ、でもアメリカの信号は本当に真っ青なんだ。多分文化的な何かが違うんだろうね)。とにかく、また返事ちょうだいね。待ってるからね。


 Thanks for your a lot of smile and happiness.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る