第5話

第五話



     コスモへ



   ☆



 学校から帰ってくるなり、お母さんから、

「コスモちゃんから手紙来たみたいよ?」って封筒渡されたんだ。その瞬間、思わず私、お客さんがいたのに人目も憚からずお店で大泣きしちゃった! コスモも言うように、正直に言うと、私もうコスモからの返事は諦めかけてたんだ。でも返事が来て嬉しい。こんなに嬉しいと思うのは生まれて初めてかも。ホント、それぐらい嬉しかった!

 そっか、移民の英会話スクールとかビザの申請とか、色々あって大変だったんだね。慣れないアメリカでの生活と、慣れない英語での会話にも挫けずに頑張ってたとも知らずに勝手に諦めモード入ってたなんて私もほんと馬鹿だね。そりゃそうだよね、日本にいる私ですらまだ慣れない高校生活で大変なんだから、それに比べたらコスモは二倍も三倍も大変なのは当然じゃんね。ちょっと考えたら分かるはずの事なのに、少しでも諦めかけてた事、今思うとちょっと恥ずかしい。


 コスモのお兄ちゃんの彼女さんの事、私も悲しくなっちゃった。コスモのお兄ちゃん、写真しか見た事ないからアレなんだけど、少女マンガからそのまま出て来たんじゃないかってくらいの美形だったもんね。そりゃあ彼女さんくらいいるに決まってるよね。今まで彼女さんがいた可能性について考えなかった事が今さらながらに自分でも不思議に思えてきたよ。もちろん、確かに、コスモのおじさんの事を怖いと思って逃げたくなった気持ちも分かるには分かるんだ。それに、「見捨てられるくらいなら、自分からサヨナラした方がいっそせいせいする」っていうコスモの気持ちも私痛いくらいに分かるよ。コスモはそれだけ、今までいろんな人たちと望まないサヨナラを繰り返して生き続けてきたんだね。コスモは、もう私なんかじゃ想像もつかないくらい辛く悲しい気持ちと、そして何より「死のう」とすら思ってた気持ちをさえも乗り越えて生きてきたんだね。そんなコスモの事、同じ歳の女の子だとは私にはもう思えないよ。それぐらい立派だったと思う。たとえ優太君と知り合えたという幸運があったのだとしても、運はみんな平等にあるんだし、それにやっぱり運も実力のうちだし、コスモはけっきょくのところ自分の力で乗り越えて生きてきたんだ。コスモは私なんかじゃ歯が立たないくらい逞しくて、強い子だったんだって、今さらながらそう思ったよ。私、コスモを心から尊敬する。


 日本語学校の先生か。お兄ちゃんから聞いたんだけど、日本の文化が好きだっていうアメリカ人って少なくないみたいで、空手の先生も給料いいんだって。もしきちんとした日本語学校の先生に就職できたとして、お給料ってどのくらい貰えるものなのかな? ちょっぴり興味あるかも。幾らなのか分かるのなら教えて♡

 アメリカの人種差別に関しては、正直に言うと今の今まで全く考えた事もなかった。特に東の方に根強く差別が残ってるなんて、もしコスモからエアメールをもらってなかったら一生知らないままで人生終わってたかも。それぐらい、私本当に何も意識してなかったんだ。やっぱり単一民族で島国の日本にいると分からない事っていっぱいあるんだね。で、気になったから高校の社会の先生に聞いたんだ。そしたら「黒人がアフリカ大陸から大西洋を渡って奴隷として連れてこられたのが東側だったからという歴史的な背景に原因があるんだよ」って教えてもらったの。いま現にアメリカにいるコスモからしたら釈迦に説法かも知れないけど、これでも少しは勉強してるんだって事をアピールしたくてつい書いちゃった。

それに関連して社会の先生から村上龍の「KYOKO」って小説を勧められたの。京子って名前の女の子が、幼い頃ダンスを教えてくれたアメリカの兵隊さんに「ありがとう」を伝えるために、トラックの運転手になってお金を貯めてニューヨークへ行くって話なんだ。ところがその元・兵隊さん、なかなか見つからなくて散々たらい回しにされて、やっと見つかったと思ったら末期のエイズ患者で死にそうになってたのよ。しかもその元・兵隊さんのエイズ患者は末期のせいで精神的にも参っていて、自分の事を元・兵隊じゃなくて元・売れっ子のダンサーだったと思い込んでもいるの。しかもそれを理由に「故郷のハバナに凱旋したい」とまで言いだす始末なのよ。で、主人公の京子はどうしたかというと、「自分はトラックの運転手だから大丈夫、車にそのエイズ患者を乗せてマイアミ経由でハバナまで行く」って言い出すんだ。もちろん周りの人たちは、「グッドアイデア」って皮肉を込めて猛反対。でもそんな周囲の反対を押し切って京子は本当にそれを実行しちゃうの。後はネタバレになっちゃうから言わない。とにかく、その旅がアメリカの東側なもんだから、先生はきっとそれでこの本を薦めてくれたんだと私は思った。「KYOKO」の文庫本を手紙と一緒に入れて置くからぜひぜひ読んでみて。特に旅の途中で登場する要領のいい黒人の男の子がいるんだけど、この子の活躍っぷりがまた最高に面白くて私好きなんだ。


 そうそう、高校といえば、私軽音楽部に入ったんだ。でもね、正直あまり楽しくないんだ。ていうのはさ、入部した初日に、歓迎会だって言われてみんなでカラオケに行ったの。「唄上手いね」って言われて私つい調子に乗っちゃってさ、カラオケの採点装置をオンにして立て続けに高得点を出したら周りから引かれちゃって、それが原因で先輩の女子たちから陰口言われちゃったんだ。トイレの個室に行った時私はっきり聞いちゃったの。

「アイツ、ただ唄が上手いだけなら、あるいは可愛いだけなら許せるんだけど」とか、

「そうそう、その両方ってのが気に入らないのよ」とか、

「しかも痩せてるし」とか、もう言いたい放題言われちゃってたんだ。もちろん、いい気になって唄ってた私も私だとは思う。反省はしてるんだ。でもね、やっぱり私は人と深く付き合う事があまり上手なタイプじゃないのかも知れない。私、コスモ以外の女の子とは世界の誰と付き合ってもうまくやっていけないんじゃないかって気さえしてくるよ。世界でただ一人、コスモだけだよ、友達だって言えるのは。

 コスモが恋しいよ。


 手紙から私の匂いがするのは、何を隠そう手紙にスイ・ドリームを吹き付けてるからなんだ。

 お兄ちゃん、氷室京介のサインと写真、すっごい喜んでたよ。本当にありがとうね。で、サインと写真を見せたらお兄ちゃんの彼女さんから、

「友達と文通してるんだ? だったら手紙に香水吹き付けるといいよ」って教わったのよ。「アメリカの友達と文通か、英語でやってるんでしょ。すごいねぇ」って言われちゃった。「いや、それが日本語なんですよ」って言ったら、「なんだ、そうだったのか」って呆れてた。そっちが勝手に勘違いしてただけじゃん、みたいな(笑)。

 写真見たけど相変わらず元気そうで安心した。友達できて良かったね。一番の友達は歌祈だって言ってくれてありがとう。そっちの黒人の子にもよろしく言っといてくれると嬉しいな。でも、コスモと過ごせる時間はその黒人の子の方が圧倒的に多いんだよね。ちょっぴり嫉妬しちゃったりしてるかも。仕方ないのは分かるんだけどね。


 それと、最後に大事な報告があるの。実は私、コスモからの手紙が来ない間に、桃色ウインドベルから脱退しちゃったんだ。コスモから、「桃色ウインドベル成功させてね」って言われてたのに、本当にごめんね。それと、正直ちょっと言いにくいんだけど、なぜ私が脱退したのかについては聞かないでもらえるかな? 訳あって、理由は詳しくは話せないんだ。たとえコスモでもこればかりは話せない、というより、コスモだからこそ脱退の理由は話せないの。だから「なんで?」って聞かないで欲しい。聞かれても、答えられないものは答えられない。その事を追及されても私としても辛いだけだから、だからこの事には触れないで欲しい。分かってもらえたかな?


 それにしても文通ってホント楽しいね。次のコスモの手紙が楽しみ。他にもまだまだ伝えたい事があるんだけど、あまり飛ばし過ぎてネタがなくなっても困るから、今回のところはこれぐらいでやめとく。また必ず返事ちょうだいね。待ってるからね。

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