第4話

第四話



     歌祈へ。



   ☆



 返事遅れてごめん。学校の準備やらなんやらでなかなか書けなくて遅れちゃった。

 知ってる? アメリカの学校って、九月から新学期が始まるんだ。歌祈の好きなリバー・フェニックスが出演してる「スタンド・バイ・ミー」って映画があるよね。あれってほら、新学期が始まる前の出来事を描いてるでしょ。原作の小説のタイトルは、「THE BODY 恐怖の四季〜秋冬編〜」の秋。あの映画って夏ってイメージがあるけど、意外な事に本当は「秋」の話なんだって。ま、もっともこれはユータからの受け売りなんだけどね。で、それまでの間、移民の子どものための英会話スクールに通うことになったの。私のおばあちゃんが見つけてくれたんだ。私もそんな英語ペラペラ喋れないからちょうどいいやって。

 さすが移民の子どものための英会話スクールなだけあって、やっぱり生徒も色んな人種ばっかりなんだ。そもそもロサンゼルスって土地柄がすでにそうみたいで、いろんな人種のるつぼなんだ。

「アメリカってそもそもが移民の国で、いろんな人種のるつぼなんじゃないの?」

 歌祈はそう思ってるかも知れないけど、同じアメリカでも東の方に行くと未だに黒人に対する人種差別とかがかなり根強く残ってるらしいんだ。好きでそんな風に産まれたわけじゃないのに、性別や肌や目の色で一体その人の何が分かるって言うのかしら。ホント嫌だね。だから差別を嫌がって西側に来るマイノリティーも少なくないみたい、で、その結果西側の方が人種に関しては寛容な人が自然と集まるようになるみたいなんだ。そんなこんなでこっちじゃハーフなんて普通にいくらでもいるのよ。日本にいた頃、あたしがハーフだからって理由で一年の女の子たちからの人気が急上昇した事があっただなんて今じゃ遠い星の夢物語みたいに思えてくるよ。あたしの英語? うーん、ホント正直に言うと、レベル的には中の下ぐらいなんだな、時々通じなくってちょっと苦労してる。聞くのは問題ないんだけど、話すとなるとちょっと、ね。中には移民は移民でも英語圏から来てる子もいるし、やっぱ日本生まれ日本育ちのあたしがこっちで生活するには色々不利な事が多いよ。辛いけど、アメリカで一からやり直すって決めた以上は石にかじりついてでも頑張らなきゃね。ユータにも誓ったんだ。「もう二度と自分から命を投げ出そうなんて考えない、もっと自分を大事にする、約束する。これをいい機会だと思ってアメリカで一からやり直す」って。だからなんとか新学期までには人並みに英語できるようになって、ちゃんとハイスクール卒業するんだ。気が早いって笑われちゃうかもしれないけど、夢は日本語学校の先生なんだ。けっこう給料いいって聞いてさ、急にやりたくなっちゃったの。だからあたし頑張る!

 ところであたし「ユータは命の恩人みたいなもんだから」なんて、言った事あったっけ? 覚えてないんだ。まあでも歌祈が「やっぱり」と「びっくり」を同時に感じたっていうのに関しては、あたしもあたしで「やっぱり」と「びっくり」のダブルパンチだった。あ、やっぱり見抜かれてたんだ、びっくり、みたいな(笑)。


 話した事、確かなかったよね? あたしのお兄ちゃん、付き合ってた人がいたんだ。ちょうどお兄ちゃんとその彼女さんが結婚するとかしないとか言い始めてた頃だったの、お兄ちゃんがガンで急にお腹が痛いって言い出したのは…。後は前にも話したとおり、入院したけど一か月も保たないで死んじゃった。これも前に話したけど、親父のやつ、休みと言えば酒ばかりで、病院へ見舞いに行った事もなかった、お兄ちゃんが死んだ時でさえ、アイツは酒を飲んでた。ホント、世界はおろか宇宙でも一番サイテーな父親だったと思う。

 まだお兄ちゃんが元気だった頃、お兄ちゃんと彼女さんと三人で森戸神社へお参りに行った事もあったんだ。その時お兄ちゃん言ってたんだ、

「いつかオレ達が結婚したら、飲んだくれがいる家なんかとっとと出て三人で暮らそうか?」って。もし本当にそうなれたら嬉しいなって夢見てたんだけど、お兄ちゃんが死んだ後、悲しいけど彼女さんとは疎遠になっちゃったんだ。たとえお兄ちゃんが居なくなったとしても、あたしとだけは仲良くして欲しかった。だけど、きっとあんなクソ親父がいる家に遺されたあたしと付き合う事にメリットなんかないって判断されて見捨てられちゃったんだろうなって、あたしはそう思ってる。そりゃあそうだよ、誰だって自分が一番可愛いもん、だってあのクソ親父、彼女さんにも乱暴しようとした事があったんだよ。あれはお兄ちゃんが「結婚しようと思ってる」って彼女さんを家に連れてきた時の事だった。ついさっきまで普通に食事してたのに突然、「お酌の仕方がなってない!」とかなんとかいきなりキレてグラスを壁に投げつけて割ったんだ。お兄ちゃんが「やめろ!」って止めてなかったら一体どうなってた事やら。親父が酒乱だろうとなんだろうと、普通に考えたら先に死ぬのは親父だし、お兄ちゃんさえ生きていればお兄ちゃんに頼って生きていける。けど、親父があんなんじゃ悲しいけど逃げたいと思われちゃうのも当然だよ。とにかく、お兄ちゃんが死んだ事はもちろん、彼女さんから見捨てられた事にもひどく絶望してたあたしは、森戸神社の海に身を投げて死のうと思ったの。森戸神社を選んだのは、「お兄ちゃんと彼女さんの三人で仲良くしていられた最後の場所だったからちょうどいいや」って考えたから、たったそれだけ。今思うとホントバカみたい、後もう少ししたらユータや歌祈との運命の出逢いが待ってたとも知らずに…。それぐらい簡単に、軽く考えてたんだ、自分の命の事なのにね。ちょうどそんな頃だったんだ、前に何度も話したとおり、引っ越ししてるユータの一家を見たのは。ユータの雰囲気がお兄ちゃんに似てるような気がして(顔はちーっとも似てなかったけどね!)、「仲良くなれるかも知れない、だからもう少しだけ死ぬのを待ってみよう」って思ったの。

「ユータは命の恩人みたいなもんだ」って思っていたって事は、だから嘘でも誇張でもないのよ。


 それと、ユータが三年生お別れ会の時にMCであたしのお兄ちゃんの話をしちゃったばっかりに、ああいった一連の出来事が起きてしまった事についてなんだけど、一つお願いがあるんだ。ユータにこう伝えておいてくれないかな、「どうかその事を気にしない下さい」って。「悪意があってやったわけじゃない事は明白なんだし、逆恨みしてたあたしの親父が一方的に悪いんだから」って。あたしからはもうユータには連絡できないし、歌祈からそう伝えて欲しいんだ。だってあたし、きっともう知ってるだろうけど、ユータにはハッキリ手紙でこう言っちゃってるんだ。

「あたしの事はもう、忘れてください」って。だからもう、あたしからは連絡できない。だから歌祈の方から必ずそう伝えて欲しいの。ユータには命を助けてもらった、それだけでもじゅうぶん儲けもんなんだし、だからどうかお願いします。


 あ、そうだった、話がそれちゃった。最初はあたしね、きっと歌祈もあの彼女さんと同じようにあたしから離れていくに違いないって、もう覚悟を決めていたのよ。だったらいっそ自分からサヨナラした方がかえって傷つかなくて済むし、いっそせいせいする、そう思って最初のお別れの手紙を出したの。でもあの彼女さんと違って、歌祈は離れずにいてくれた。歌祈も言うように、てゆーかユータが言っていたように、あたし自分から壁を作ってたんだろうね。でも、これであたし達、歌祈も言うようにいよいよ本当に親友なんだなって思った。歌祈、本当にありがとう。あたし嬉しいよ。きっと歌祈も離れていくに決まっているだなんて、少しでもそんな風に思っていた事、心から謝る、疑ってごめんね。とにかく、だから手紙が来た時、あたし本気で嬉しくて涙が止まらなかったんだ。で、すぐにでも返事書きたかったんだけど、でももうアメリカでの生活に慣れるのに本当に精一杯だったし、永住ビザの申請がなかなか進まなかったりなんだりとトラブル続きで本当に忙しくて、言い訳がましいのは百も承知なんだけどなかなか時間が作れなくて、一ヶ月近くも空いちゃった。だから多分、歌祈もあたしからの返事、正直諦めかけてたんじゃないかな? もしそうならゴメンね、許してね。でもこれからは必ず返事する、約束する、だから、だから歌祈も必ず手紙ちょうだいね。


 ところであたし、実はロスのスターバックスで氷室京介に会ったんだ。英会話スクールの友達と一緒にお店に入ったら、サングラスかけた氷室京介がいたのよ。で、

「私は中学まで日本に居ました。だからあなたの活躍を知ってます。私もドラムを叩いているんです。日本にいる私の親友のお兄さんがボウイ時代からあなたの大ファンなんです」って話しかけたの。そしたら氷室京介さん、

「いやぁ嬉しいねぇ。ドラムやってるんだ、俺も君を応援するよ」って言ってくれたんだ。氷室京介ってなんかこう、秘密のヴェールの向こう側にいるようなイメージがあるけど、実際にはめっちゃフレンドリーな人で、話が超面白かった。サインもらって写真も撮って貰ったんだ。そっちに送るね。だからお詫びの印だと思ってこれ受け取って。ちなみに一緒に写ってる黒人の子は、ロサンゼルスでできたあたしの友達第一号。それと、くどいかも知れないけど、これからも仲良くしようって言ってくれて本当にありがとう。

 あたしの一番の友達は誰がなんと言おうと歌祈だよ。



 追伸。

 文通って意外と楽しいのね。なんだか手紙から、名前が「かおり」なだけに歌祈の香りがするし…。まだアメリカに来て一ヶ月ちょいしか経ってないのに、なんだかもう日本が懐かしいよ。


 Am I little homesick?

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