第3話

第三話



     コスモへ。



   ☆



 前回の手紙、ちゃんと届いてるよね?

 少し時間を置いて、落ち着いて考えられるようになってきたよ。言い方はあまり良くないかも知れない、だから気を悪くしない欲しいんだけど、事が事だし、あまり変な手紙は書けないから。

 コスモが日本を去った後、私と優太君と毅さんとの間に起きた事からまず書くね。


 前回のエアメールをもらった後、すぐに私、優太君に電話したんだ。で、優太君と、コスモがおじさんにしてしまった事について色々話し合ったの。

「実は私、コスモからエアメールをもらったんだ。んで、それを読んだ上で今こうして電話してるの」

 私、だいたいこんな感じのニュアンスで切り出したんだ。そしたら優太君からも、

「俺もコスモからお別れの手紙をもらったよ」って聞かされて、互いにコスモからの手紙の内容を小さな声で確認しあったんだ。で、優太君から、

「明日、一緒に毅さんの所へ行かないか?」って言われて、次の日私は優太君と一緒に電車に乗って毅さんの所へ行ったの。私、毅さんには、

「コスモは毅さんから、"本当の事を知っている人間は少なければ少ない方がいい"って言われていたって手紙に書いてた。でもコスモは、"歌祈にだけは本当の事を知って欲しい、そうでないと歌祈とキチンとお別れできないから"って、私にだけは教えてくれたんだ」

 そういう言い方をしたの。そしたら毅さんね、

「話は分かった、まあ、警察はあまり大きな動きを見せてないようだし、恐らくこのままフランシス叔母さんが起訴されて今回の事は落着するだろう。歌祈ちゃんさえ他言しなければさして状況は変わらないはずだ…」って言って、コスモが私に話した事に関してはあまり問題視してなかったんだ。それから更にこうも付け加えてた。

「…コスモのしでかしちまった事は誰にも話してはいけない。この秘密は、俺たちだけの物だ。この秘密は墓場まで持って行く事にすると今ここで互いに誓い合おう…」って。もちろん、言われるまでもなく、私、今回の事を誰かに話そうだなんて夢にも思ってなかった。前回のコスモの手紙にしても、内容があまりにも重大過ぎただけに、二度繰り返して丁寧に読んだ後、悪く思わないで欲しいんだけど誰にも読まれないようにお父さんのライターでこっそり燃やしちゃったんだ。

 さらに毅さんはこうもつけ加えてた。

「…コスモのオヤジが『あんな事』になっちまったのは必然だったんだ。その事で俺たちやコスモが苦しんだり悩んだりする必要はない。特にユータ、お前のMCがコスモのオヤジに油を注いだ事を気に病む必要は全くないからな。あの現場に、実はコスモのオヤジがいただなんて誰も夢にも思っていなかったんだ、つまりこれは単なる不運な事故だったんだ。決してお前のせいじゃない」

 それに対して優太君はこういう意味の事を言ってた。

「僕はあの時、会った事すらないコスモのお兄さんの死を悼んで『ティアーズ・イン・ヘヴン』を唄ったんだ。それなのに、会った事のあるコスモの父親の死を悼みたいという気持ちには不思議とこれっぽっちもなれないんだ。だから毅さんの言う事は正しいと思う、全面的に支持するよ」

って。

 でも、それでもやっぱり優太君、三年生お別れ会の時にコスモのお兄ちゃんの話をしてしまった事を相当悔やんでいたみたい。今にも泣き出しそうな顔をしながら話してた。毅さんの家から帰る時もそうだった。電車の中で、

「俺があんな事を言わなければ」って、それはそれは辛そうな声を出しながらずっと頭を抱えて震えてたよ。やっぱり優太君も男だからね、きっと私の前でだけは必死になって涙を堪えてたんじゃないかと思う。でも、きっと優太君、家に帰ってから一人で相当泣いたんじゃないかな。とにかく私、優太君にはこう言って声をかけてあげたの。

「毅さんも言うように、優太君が悩んだり苦しんだりする必要ないよ。悪いのはコスモのおじさんなんだから」って。

 同じように、コスモもこの事で悩んだり苦しんだりするは必要ないと私思うの。だって実の父親にそんなひどい事をされそうになったんだもん。自分の身を守りたいと思うのは当然の事だよ。

 誰も好き好んで他人を刺す人なんていないよ、もしそんな人がいたらそんなの絶対頭がおかしいだけだよ、むしろコスモはやりたいくもない事を実の父親に無理やりやらされてしまった被害者なんだよ、私はそう思ってる。

「あたしはもう歌祈とは対等に付き合えない」なんて自分の事を卑下する必要もないよ。前にも言ったけどさ、それこそ優太君の言うように、「自分で壁を作ってる」だけだと思う。

 それと、「死のうと思ってた事があった」って、正直に話してくれてありがとう。でも本当の事を言うと、「やっぱり」と「びっくり」を同時に感じたような気分なんだ。今までのコスモの言動から、なんとなくそんな風に思っていた過去があるんじゃないかなって気がしてたの。コスモは覚えてないかも知れないけど、私たちだけのたまり場だった放送室で、「ユータは命の恩人みたいなもんだから」って言ってた事があったから、ずっと気にかかってたんだ。

 コスモはずっと一人ぼっちだったもんね。助けてくれるお兄ちゃんがいなくなって辛かったんだよね。コスモはいつも人前では強がって、ミニスカ履いたりルーズソックス身につけたりとかしてたけど、本当は解ってくれる人がいなくてその反動でそうしてただけなんだよね。もしもクラスの人たちが、「コスモは実は死にたがってた」なんて話を知っても、最悪何かの笑い話だと思ってあるいは本当に笑い出すかもしれない。他人の心の中を覗ける人なんているわけないのに、ね…。でも誓って言うね、なんとなくだけれど、私は分かってたんだよ? だから、本当は苦しかったんだって、私にだけは打ち明けてくれた事、心から嬉しく思うの。ただね、できればもっと早く言ってくれてたらなって、ほんの少しだけ残念に思ってたりもするかも。でも、これで今度という今度こそ、私たち正真正銘の親友になれた気もするの。

 だから、ね? これからも友達でいよう? それに、私とこうして文通していれば、日本語の読み書き忘れずに済むよ?

 だからお願い、必ず返事ちょうだい。私、必ず、絶対に返事が返ってくるって、信じて待ってるからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る