第5話

  第5章・歌祈・2



   プロローグ


 シャワーを浴びた後、まっ裸の自分を鏡に映しながら、今一番気に入っている下着を肌の上に合わせてみた。

「馬鹿みたい。今日の今日でいきなりそれはないでしょ」



     ♩



 私が新しく入店した、西東京は秋島市の美容院「屋根の上の猫」は、そのどことなくほっこりとしたネーミングと同じような雰囲気を持つアットホームなお店だった。「東京」という土地柄、もっと前衛的なデザインの店内をイメージしていたのだが、そのインテリアは良く言えば棘がなく、悪く言えば子どもっぽかった。子連れの母親にも安心して貰えるように、という狙いが透けて見える、そんな感じの店だったのだ。まだ「トリップ・トゥ・ザ・ムーン」にいた頃は、開店する直前まるでカルト教団のように、あるいは北朝鮮のように、社長の写真の前で「一つ、今日も一日、お客様の満足と会社の発展のために奉仕し…」という文言を全員で朗読させられるという決まりがあった。しかし「屋根の上の猫」にはそんなものは一切なく、おかげで私は初日から、肩肘の力を抜いて働く事ができた。さらに幸運だったのは、入店初日の一発目で髪を切ったお客さんが、私に強いシンパシーを感じさせてくれる人物だった点にあった。

「このお店、実は初めてなんですよ…」

 カウンターを通過してやって来たのは、長く艶やかな髪をした、そばかすのある女性だった。

「…雰囲気いいですね。このお店」

「ああ、ありがとうございます。実は私も神奈川から引っ越してきたばかりで、このお店で働くのは今日が初めてなんですよ」

「初めて同士なんですね。ところで、お店の駐車場に白いインテグラ・タイプRが停まってましたけど、あれはこのお店の方の車なんですか?」

「はい。私のですよ」

「えっ、そうなんですか。あたし実はホンダ党でして、S2000に乗ってるんですよ」

「あっ、そうだったんですね。私もお兄ちゃんがクルマ好きで、昔組んでたバンドのベースの人も車の整備家さんで働いてるもんだから車嫌いじゃないんですよ。あのタイプRもそのベースの人に勧められて買ったんです。ところで…」

 シートに座る女性の顔を鏡越しに見ながら、

「…ところで、今日はいかがなさいますか?」

 と声をかけた。するとその女性客は、長くきれいな髪を、おしげもなく、

「ショートにして欲しい…」

 と言い切ったのであった。

「…色々あって、気分を変えたいんです。だからお店も変えたんです」

「どうかしたんですか? その、前のお店と色々あったとか…」

「そういう事じゃないんです。実はあたし、このケータイ全盛の時代に文通してたんです。おかしな話ですよね?」

「いいえ、ちっともそうは思いません。私も文通してますから」

「えっ、そうなんですか?」

 その女性客としばらく鏡の中で目が合った。

「ところでもう、本当にバッサリ行っちゃいますけど、いいんですよね?」

「はい」

 私は要求されたとおり、まずは霧吹きで髪を濡らした後、顎のあたりでざっくり切りそろえた。

「ところで、どこに住んでる方とされてたんですか?」

 鏡に向かって私が尋ねると、

「東京です」

 と答えが帰ってきた。

「東京に住んでるのに、東京の人と文通してたんですか?」

 と尋ねながら再び霧吹きで髪を濡らしブラシをかけた。

「いえ、もともとあたし、長野県の出身なんです。その相手は高校の先輩で、卒業してから東京へ就職したんです。それでずっと長野と東京を文通でつなぐ事になって…」

「なるほど、で?」

「その人、実は『お相手』がいたんですよ。で、あたしそうとも知らずに熱心に文通を続けながら後を追いかけて東京へ来たわけなんですけど、ついこの前急に"もう文通できない"って言われて」

 顎のあたりで髪を切りそろえた後、全体のバランスを整える作業に入った。

「好きだったんですか?」

 と尋ねた。

「…まあ。きっと向こうはフッたとすら思ってないんでしょうけどね、別にこっちもそんなに傷ついているわけじゃないし…」

 その言い分は嘘だと思った。失恋を理由に髪を切るという古風な行為をちょっとだけ恥ずかしいと感じているのか、

「…それでとにかく気分を変えたくてお店を変える事にしたんです…」

 その女性客は嘘の上に嘘を塗り固めた。しかしその嘘を追及しようとは思わなかった。悪意のない嘘をいちいち相手にしていたら客商売なんて務まるわけがない、…そう思ったからである。

「…ところでその、店員さんの文通のお相手は?」

「私は、アメリカにいる…」

「アメリカぁ!?」

 その客が大きな声で聞き返して来たせいで、店中の人たちの視線が集まった。私はその客に、

「そんな驚かなくても、それから、カットしてる途中に動かないでください」

 と要求した。

「まさか英語で文通してるんですか?」

「まさか、日本語ですよ。中学まで一緒だったんですけど、その子家の事情で急にアメリカへ行く事になって…。で、それから七年の間、ずっと続いているんです。だから文通を不自然な事とはちっとも思えなくて…。ちなみにその子、もうそろそろ結婚するんですよ。結婚式にも呼ばれてて、"結婚式の前日にあたしの髪の毛カットして"ってお願いされてるんです」

「なんかそれいいですね。あたしも、夏休みになったら一度長野に帰る予定でいるんです。地元の友達が"いったん帰ってきたら?"って言うんです。で、諏訪湖で花火を見ながらキャンプファイヤーにその人から来た手紙を全部焚べて燃やして、それでもうその文通相手の事は全部キレイに忘れちゃおうって…」

「なんかそれ、ロマンチックでいいですね」

「あたしもそう提案された時、同じ事を思いました」

 そこでいったん会話が途切れた。私はもう一度霧吹きを使った。そして漉きバサミに持ち替えた後、

「忘れ花火」

 ふと思いついた言葉を口にした。

「忘れ花火?」

 その女性が聞き返してきた。

「そ、忘れ花火。私ね、さっきもちらっと言いましたけど、音楽やってるんです。で、そんなタイトルの曲があってもいいかなって…」

「ああ、確かになんかいいかもですね。バラード調の切ない感じの曲…」

 こんな他愛のないやりとりが、数年後、現実の物となるだなんてこの時一体誰が想像しえただろう。しかも、それまで一度も作曲した事のなかった新矢君が、突如「閃いた!」と言い出して作り上げたものに私が歌詞をつけるという、今までに前例のない経緯を経て完成したのが、私たち「ギターショップ」の代表曲の一つにまでなったのだから、人の縁なんて本当に分からないものである。

 ともあれ私たちの会話は再びそこで途切れた。カットが終わるまで私たちは終始無言のままだった。やがてシャンプーとブローも終わり、全ての作業は終了した。

「またあなたに切って貰っていいですか?」

「ありがとうございます。こちらこそぜひお願いします」

 レジの置いてあるカウンターに案内し、そのお客さんに記入して貰った紙を見た。名前の欄には「百目鬼京美おうめききよみ」と書いてあった。珍しい名前だな、素直にそう思った。しかしあまり余計なことは言わない方がいいと思い口をつぐんだ。

「珍しい名前だなって思ったでしょ?」

 その、腹の底を見透かした質問に、私は一瞬呼吸が止まってしまった。そんな私の反応を見て、

「やっぱり。でもいいんです。本当の事だから…」

 彼女はそう答えた。私はそんな百目鬼さんからお金を受け取った後、

「でも、京都の京に美しいで、『きよみ』って読み方は素敵だと思います」

 と口にしながらお釣りを返した。

「そうかな、キラキラネームみたいであまり好きじゃないんですけど」

「これのどこがキラキラネームなんですか? あたしが文通してる子の名前なんて宇宙と書いてコスモですよ?」

「えぇ!?」

 今度は百目鬼さんがフリーズする番だった。

「今日はありがとうございました。…あ、気休めかも知れませんけど、今にきっと、良いひとできますよ」

「だといいんですけどね」

 百目鬼さんがそう言い残して去って行った後、カット台周辺の髪の毛を掃除しながら、なぜ彼女が「コスモ」と聞いた時、ああまで驚いたのか私は少し不思議に思った。そしてふと、「ああ、コスモがハーフだって事を言い忘れていたからかも知れない」、と今さらながらに思った。

 私がライヴハウスに行き、まだ三人だけだった「ギターショップ」のメンバー達と運命的な出会いを果たしたのはそれから一週間後の事だった。



     ♩



 「ギターショップ」のベーシスト・新矢君がやって来たのは、彼ら三人とライヴハウスで出会ってから更に三日後の事だった。

 正直に言うと、新矢君が来た時、私はほんの少しがっかりしてしまった。できれば、あの三人の中で一番の美少年であるリズムギター担当の雪光君に来て欲しいと思っていたからである。彼の肌は雪のように白く、髪もキレイで、なおかつ身長も高かった。そんな彼を私の持てうる限りのテクニックで美しく仕立ててみたかったのだ。

 カウンターで申し込み用紙に名前と住所を記入してもらった。名前の欄には「山本新矢」と書いてあった。彼の名前が「シンヤ」である事は耳で聞いていたので知ってはいたが、「新しい矢で『新矢』」だと知ったのはこれが初めてだった。「かっこいい名前なのね」と言おうとしたが、私は喉元にまで来た言葉をすぐに呑み込んだ。私がこの店に入店して来て一番最初にカットした、百目鬼京美さんの事をふと思い出したからであった。何故かしら、彼女と同じように新矢君もまた名前にコンプレックスを持っているような気がして仕方がなかったのだ。カット台へ向かうと、

「結論から言いますね…」

 と新矢君は言った。

「…一緒にやりましょう」

「結論から言う」などと言うものだから、てっきり断られるかと身構えてしまった私は、思わず「えっ?」と聞き返してしまった。

「サウンド的にいくつか意見はあります。互いの良さが出るように、ハードロックやサザンロックに、レゲエやテクノの要素を混ぜてみたいなって言うのが俺たち全員の意見です。それと、あの最初に入ってた『やさしくなりたい』って曲なんですけど、雪光が、"半音一個下に移調して、ギターソロの後に繰り返される最後のサビで元のキーに転調しないか?"って言ってるんです」

「なるほど。それはいいアイデアかもね。あ、まずはシャンプーしようか」

 美容師をしていると良く聞かれる質問がある。「なぜ美容院だとシャンプーの時仰向けに椅子を倒すのか? そしてなぜ床屋は前に倒すのか?」。床屋がなぜ前に倒すのかについては私も良くは知らない。恐らくその方が作業の手間が減るからなのだろう。反対に美容院が仰向けに倒すのは、女性客を相手にする比率が多いという性質上、その方が便宜が良いからなのだ。顔を濡らさずに済むからメイクが乱れないし、長い髪を洗うにも仰向けの方が楽だ。しかしこのやり方にも欠点がある。男性客を相手にする場合、胸が顔に当たるのである。仕方がないのは分かる。しかし、中にはそれ目当てであからさまに胸を顔でまさぐってくるスケベな男性客がいるのも事実だった。しかし新矢君はそうではなかった。むしろ逆にできるだけ顔が胸に当たらないように神経を使ってくれているのが反応から見て明白だったのだ。稀にそういった紳士的な男性客がいる事を否定はしない。が、新矢君にはすでに女性経験があって落ち着いているのだろうか? やむをえず胸が顔に当たった場合でも、明らかにそれを避けようと首の角度を微妙に変えてくるのだ。そんな新矢君に、正直私は興味と好感を同時に抱き始めていた。

 シャンプーを終えると、新矢君が口を開いた。

「あの、一将と雪光が言ってたんだけど、運命感じたって言ってましたよね?」

「ああ、あの"週末、ジョン・レノンがやって来る"の話ね」

 私はハサミを準備しながら答えた。

「二人があの話を、"上手く出来過ぎてやしないか?"って訝しがってたんですけど、本当なんですか?」

「何なら証拠写真でも見る?」

 今すぐは無理でも、毅さんに頼めば来週には届くだろう。私はそう思いながら返事をした。

「そこまで言うのなら本当なんでしょうね。ただ、歌祈さんからしたら俺たちなんてまだまだ子どもでしょ? 本当に俺たちでいいんですか?」

 鏡に映る新矢君の目には、「アンタの反応を、俺、一ミリだって見逃しませんからね」、という強い意思がはっきりと見て取れた。

「なるほど確かにね。分かった、正直に答えるね。子ども扱いしようという気はさらさらないけど、あなた達三人が年の割にしっかりと考えてるって事はその言い分を聞いてじゅうぶん良く分かった…」

 まだ「トリップ・トゥ・ザ・ムーン」で働いていた頃、同僚の男性従業員が言っていた言葉をふと思い出した。

「歳下の男と見るとあからさまに子ども扱いをしてくるおばさんがいるけど、俺に言わせるとそういうおばさんの方がよっぽど幼稚だよな。"一人暮らししてるの? 洗濯物自分でやってるの? 偉いわね"って。別に偉くもなんともないよ。自分の洗濯物は自分でやる、それが一人暮らしをする、自活するって事じゃん。だいたい、やらなきゃ汚れた下着が増えてく一方で、自分が困るだけじゃん。ところがそういう意味の反論をすると、今度は"どうして褒めてるのに素直に喜ばないの?"って返して来るんだ。できて当たり前、やって当然の事を褒められて嬉しいわけがないよ。どうしてそれが褒めてるって事になると言うんだろう。意味が分からないよ。むしろ逆に馬鹿にされてるような気分にすらなる」

 この話を聞いたとき、彼の言い分は全面的に正しいと思った。そして自分はそういう幼稚な人間おばさんにはならないように気をつけようとつくづく思った。

「…あなた達三人が気に入りました。あなた達でいいです。これがその質問に対する答えです。これでいいですか?」

「分かりました。ありがとうございます」

「それと、同じバンドのメンバーなんだから、他人行儀な敬語はやめにしない。タメ口でいいわよ」

「じゃあそうする、それはいいとして、とりあえず一度音を合わせて見ない事には本当の相性は分からないよね」

「いいスタジオ知らない? 最初に声をかけたのは私だし、初回限定でスタジオ代はお姉さんが一人で全部持つわよ」

「それが、俺たち三人たまり場みたいにしてる楽器屋があるにはあるんだけど、そこのスタジオが狭くて狭くて。さらにもう一人増えたらきっと窒息しちゃうと思う」

 半分は比喩で「窒息」と言っているのだろうけれども、ボーカルにとってそれは決して喜ばしい話ではない。

「なるほど、つまり、とりあえず四人で一緒に音合わせしても窮屈じゃないスタジオは知らない、というわけね」

 地元のくせに案外役に立たないな、私はちょっとがっかりした。ところが、その考えはすぐに覆された。

「ただし、それについては、その狭いスタジオの楽器屋のマスターが"いいところを知ってる"って言ってるんだ」

「どこ?」

「16号線沿いの米軍基地のすぐ近くなんだけど、でも、あの辺にスタジオなんてあったかなぁ、…まあでも米軍基地の近くなだけに、アメリカ人が好きそうなコアでハードでアンダーグラウンドなスタジオがあるのかもなぁ…」

 あ、やっぱり土地勘はあるのね、と、私は少し安堵した。

「…マスターが、"とにかくまずはそこへ行ってみろ"って言うばっかりで、こっちが何を質問しても詳しく聞かせてくれないんだよ。しかもさ、そこに行けばドラムがめちゃくちゃ上手な人がいるとも言ってるんだ。なんでも七年間ドラムで武者修行をしてたらしいよ」

「なんだか良く分からないけど、頼もしそうね。とりあえず、今度一緒に行ってみる? 私車持ってるし」

「マジ? なんに乗ってるの?」

「インテグラ・タイプR」

「やったー!」

 年の割に落ち着いた印象のある新矢君が、初めて年相応の少年らしい反応をしてみせた瞬間だった。

「俺ね、三人の中で唯一の早生まれで、もう教習所通ってるんだ。仮免ナンバーちゃんと着けるから運転させて貰える?」

「地元の人の方が道は詳しいだろうし、いいよ。ただし絶対ぶつけないでね」

「もちろん!」

「でもドラムの人も見つかりそうで、幸先良いわね、私たち」

「ところで歌祈さん、曲ってどのくらい書いてるの?」

「もう二百曲以上はあるわよ」

「二百曲!?」

「でもね、私歌詞を書くのがどうも苦手で、曲はあるけど詞のないやつも含めての二百曲なのよ。坂井泉水みたいに綺麗な詞を上手に書けたらなぁ、って、いつも思ってるんだけどなっかなかうまく行かなくてね」

「でもあの、『やさしくなりない』って曲の歌詞、俺、素直にいいと思ったよ。特に、『気持ち・素敵・無敵』の所とか、ちゃんと韻を踏んで書いてたし」

「ああでも、あれはたまたまマグレで書けちゃったってだけで、とにかく私、文章書くのはあまり得意じゃなくて…」

「なんだったら俺が歌詞を書こうか?」

「書けるの?」

「友達のバンドで、女の子がボーカルやってるグループがあって、で、その女の子唄も上手いし可愛いんだけど、詞も曲も書けないって言うんで代わりによく俺が書いてあげてるんだ。みんな言ってるよ、"新矢君って女の子の気持ちを書くのがホント上手いよね"って」

「すごいね、私それ読んでみたい」

「今度見せるよ。だから歌祈さんも歌詞がない曲、俺に聴かせて」

 ここでカットが終わり、私は合わせ鏡で新矢君に後頭部の髪の毛を見せた。

「うん、いいね、ありがとう」

 カットした髪の毛を洗い流すため、流しに仰向けにした新矢君の頭を置いて再びシャンプーを始めた。やはり新矢君は、私の胸に顔がつかないよう明らかに意識している。これだけおっぱいに反応を示さない男は逆に珍しいなと思った瞬間、つい今さっき聞かされた、「女の子の気持ちを書くのが上手い」という話を思い出した。「もしかして…」、冷めた予感が頭をよぎる。それを確かめたくて私は質問してみた。

「新矢君って、今彼女いるの?」

「いや、それが恥ずかしいんだけど、彼女いない歴=自分の年齢なんだ」

 少し赤くなっている新矢君の顔を真上から見て、私は思わず「可愛い」と思ってしまった。

「別にその年でそれは恥ずかしくないよ。ねぇ、キレイ系とカワイイ系とどっちが好みなの?」

「キレイ系」

 即答する新矢君に、さっきの「もしかして…」という疑惑はただちに霧散していった。考えてもみれば、仮に新矢君がそうだったとして、私に何か迷惑がかかるわけではないのだ。なぜ一瞬とはいえそれをいけない事のように感じてしまったのだろう。同性愛に対し、自分としては別に偏見はないつもりである。本人同士が幸せならそれでいいというのが私の意見だった。しかし、やはり人は少数派に対してどうしても本能的な警戒心を持ってしまう生き物なのだろうか。…そう思いながら新矢君の身体を起こし髪をタオルで拭いた。更に耳を拭いてあげると、新矢君のそれはそれは気持ちの良さそうな顔が鏡に写ったので、再び私は「可愛い!」と思ってしまった。そんな彼の表情をもう少しだけ見ていたかった私は、いつもより長めに耳を拭いてあげた後、ドライヤーで髪を乾かし、全ての作業は終了した。

「じゃあ、会計お願いしますね」

「あの、歌祈さん」

「ん? なぁに?」

「歌祈さんは、今、付き合ってる人いないの?」

「ついこの前までいたんだけど、東京へ引っ越して来る時に別れたのよ。"遠距離恋愛なんて辛いだけだから別れよ"って、きれいさっぱり言われちゃったの」

 もう少し未練がましい台詞の一つぐらい言ってくれたって良かったろうに、今思えば彼の別れの言葉はあまりにもあっさりとし過ぎていた、…ふと、「あ、もしかしたら他にいい子がいたのかも知れない」、私は今更になって初めて、その可能性に思い至った。

「そっか。でも、それはそれで辛いよね…」

 悲しそうな顔をする新矢君を見て、「この子は他人の気持ちに共感する能力が人一倍強いのかも知れない」、私は率直にそう思った。支払いが済むと、

「…そう言えば、曲はあるけど詞がないってやつ、何か音源はないのかな?」

 新矢君が尋ねてきた。

「車の中にCDがある。いい歌詞が思いついたらなって、運転しながら自分で聴いてるんだ。それで良ければ…」

「じゃ、それ貸して」

 私は店長に、「ちょっとだけ外に出ていいですか?」と断ってから、新矢君と駐車場へ向かった。

「新矢君のアシは?」

「原チャリ、俺たち三人ともみんなそう、わっ、ホントにインテRだ。カッコいいなぁ!」

 私は車の中からCDを取り出し、新矢君に渡し、更にケータイの番号とメルアドを教えあった。

「ところで歌祈さん、今は? 彼氏募集中なの?」

 今頃、神奈川で他の女と仲良くしているのかも知れないアイツの事をふと思った。そして、もしその推測が正しいのなら、私にだって新しくいい人を見つける権利ぐらいあるはず、また、たとえその推測が間違っていたとしても、最初に「別れよう」と言ったのは向こうの方だ、新しくいい人ができたとしても私に罪はない、…そういった思いが次々と胸の内を駆け巡った。と同時にふと、コスモと別れた直後、すぐに西田さんと付き合い始めた優太君の事を思い出した。けれども今の私とあの時の優太君とでは状況は違う、優太君のように自分から声をかけるのでなければ問題はないはず。私はそう思い直しながら返事をした。

「う〜ん、彼氏募集中ってわけではないんだけど、良い人が声をかけてくれるんなら考えてあげてもいいかな、って感じかな。でもなんで?」

「好みの男性のタイプは?」

「優しくて気遣いのできる人…」

 やだ、それってそのものズバリ、新矢君のことじゃん、と思いながら慌てて付け加えた。

「…ところで、なんで?」

「ううん、ただ聞いただけ…」

 そう聞いた瞬間、新矢君が私の胸に顔がつかないよう意識していたのはなぜなのか、その理由がやっと見えたような気がしてきた。私に嫌われないよう、紳士的に応じてくれていたからなのかも知れない、と。

 原付のエンジンをかけると、新矢君は何やらあまり見慣れない形のヘルメットを被った。

「ねえ、それってひょっとして、ジェット戦闘機のパイロットが被ってるやつ?」

「そうだよ。アメ横のミリタリー専門店で買ったんだ」

 そう言いながら新矢君はバイザーを下ろした。

「それで原付を運転して平気なの?」

「いいわけないじゃん。ただ単にスタイリッシュだからこうしてるだけだよ。じゃあね」

 そう言いながら、新矢君はそれこそまさに戦闘機のパイロットがコクピットで「グッドラック!」と言う時のように親指を立ててニッコリと微笑んだ。原付きに跨がり春風と共に走り去って行く彼の背中を見送りながら、ふと私は一人ごちた。

「歳下、かぁ…」

 突然訪れた恋の予感を私は一人噛み締めていた。



 その夜、新矢君からさっそくメールが届いた。

「今日はありがとう。CD聴いたよ。二曲目のやつ歌詞書けそう。来週は例のスタジオがあるドラムの人のところだね。歌祈さんに会えるのを楽しみにしてる」

 私はすぐに返事した。

「こちらこそありがとう。私も新矢君に会えるの楽しみにしてる。二曲目の歌詞もいいのを期待してる。頑張ってね」

 メールを送信した後、ケータイを胸に抱えながら、よりにもよって歳下の男の子に年甲斐もなくワクワクしている自分を少しだけ恥ずかしく思った。



     ♩



 約束の日がやって来た。

 店長には事前に、「この日は半日で上がらせてください」と申し出ていた。店からいったん一人暮らしをしているワンルームに戻った。シャワーを浴びた後、まっ裸の自分を鏡に映しながら、その頃一番気に入っていた下着を肌の上に合わせてみた。

「馬鹿みたい。今日の今日でいきなりそれはないでしょ」

 鏡に向かって私はひとりごちた。東京に移住し、一人暮らしをするようになってから、私は明らかにひとりごとが多くなっていた。それを承知の上で、私は鏡に向かって再びひとりごちた。

「だいたい、今日の目的はデートじゃなくて音楽なんだから。それに、相手が歳下だって事は絶対に忘れないでね、歌祈」

 そしてそのままお気に入りの下着を身につけ、やはり一番気に入っていた服を着て、メイクをし、ブルガリの香水を髪の毛につけて私はアパートを出た。車のエンジンをかけた後、目的地である「JR東の原駅」の位置をもう一度頭の中でしっかりと確かめてからハンドルを握った。

 駅前のベンチには、見覚えのある三人の男子が待っていた。その三人の中で私のインテRに最初に気づいたのはもちろん新矢君だった。彼が手を振り上げると、他の二人もこちらに振り向いた。

「ごめん、遅れた」

 三人のそばへ車を横付けし、車から降りた。

「遅れたもへったくれもないよ。約束の時間にはじゅうぶん間に合ってるんだし」

 新矢君がそう言うと、他の二人も「ウンウン」と声を出した。

「オレたち三人とも、この駅前の団地に住んでるんだ。こっちが先に着くのは当然だよ」

 リーダー格である一将君が人差し指で団地を指差しながらそう言い終えると、すかさず新矢君が、

「ところで本当にいいんだよね? 仮免ナンバーでの運転」

 と切り出した。

「いいよ、初心者マークもあるよね?」

「もちろん」

 私たちはナンバーに、「仮免中」と書いた段ボールをガムテープで貼り付けた。

「ところで歌詞は?」

「持ってきた」

「私も証拠写真持ってきたよ」

「証拠写真?」

 雪光君が聞き返してくる。

「あの例の"週末、ジョン・レノンがやって来る"の証拠写真」

 私は毅さんから郵送して貰った写真を二人に見せた。左手で受け取った一将君は、一人の少女と、二人の男性が映っているその写真を見た。真ん中に写っているのは小学生の頃のコスモだ。ドラムスティックを兎の耳に見立てて可愛らしいポーズを取っている。そんなコスモの左側にいるのは、中学の頃の毅さん、こちらは見るからにヤンチャそうな笑みを浮かべながらフェンダーのベースギターのベルトを肩にかけている。コスモの右側には、とびきりの美青年が、そこはかとなく薄命そうにも感じられる涼しげな微笑を浮かべている。もしも時代が時代なら、ビジュアル系ロックバンドのギタリストとしてデビューしていてもおかしくなさそうな中性的な容姿をしたその美青年は、ブラッキーのシグネチャー・モデルのブラッキーを愛おしそうに抱きしめている。その人物がコスモの兄その人である事は言うまでもない。そしてその背景の壁には、人の身体が写っていない場所に限り赤い筆記体の英語がチラリと見えていた。

 …最初、「訝しがっていると聞かされたの」、と、毅さんに事情を説明したら、

「だったら新しく写真を撮ってそっちへ送るよ」

 彼はそう返事をしてくれた。しかし私が、

「どうも私が"運命"なんて言った事が理由で訝しがっちゃってるみたいなの。だったら逆に少しぐらい見づらくても古い写真の方が証拠としての力は強いんじゃないかしら。新しい写真じゃ、むしろ逆に、"こんなの後付けでいくらでも書ける"って言われそうだし」

 と言ったので、わざわざネガから焼き増ししたこの写真を送って寄越して来てくれたのだ。

 この写真届いたのは今日の昼、私がアパートに着いた後の事だった。お店から帰ってきた時、郵便受けの中にまだ封筒はなかった。しかしインテRで再び出かけようとしたその時、郵便局の赤いカブがやって来たのだ、つまり、ギリギリセーフで証拠の品が届いた、というわけだ。…私は霊とか生まれ変わりとか前世とか未来世とか死後の世界とかいった宗教的な話は全く信じていない(もし死んでしまった人に現世の私たちを助ける力があるなら、コスモと優太君があんな風に別れるわけがない、なぜならあんな別れ方をコスモの兄が認めるわけがないからだ、したがって死んだ人に現世の私たちを助ける力はない、これが私の持論だった)。しかしこの時だけはさすがに、「天国にいるコスモのお兄さんが私を助けてくれたのだろうか」、ふとそう思ってしまった。

 一将君は、

「オレより雪光の方が英語は分かるよな?」

 と、その写真を彼に手渡した。

「うん、確かに、読めなくはないね。歌祈さんの話を信じるよ。ちょっとでも疑うような事を言って悪かった」

「その事はもういいの。疑う気持ちも分からないでもないし。とにかく、新矢君の運転で出発しよう」

「歌祈さん、これ」

 新矢君がアヴィレックスのミリタリーテイストなデザインのバックからB5のクリアファイルを取り出した。中に入っているのは、むろん二曲目の歌詞である。

「CDも持ってきた。聴きながら行こうよ」

 新矢君は、「後ろの二人もちゃんとシートベルトしてよね」と言いながらエンジンをかけた。

「やっぱブイテックはすごいなぁ。ディーゼルの教習車とは偉い違いだ」

 新矢君はタコメーターを見ながらエンジンを二回ほど空ぶかしさせると、クラッチペダルを踏んで一速にギアを入れた。これは毅さんからの受け売りなのだが、ホンダ車のクラッチは最初から強い物が入れてあるため、初心者には少し運転が難しいらしい。それでも慣れてしまえば結局は同じだし、安定志向のFFは運転し易い、それにハッチバックだから荷物も載せやすい、そういう意味の事を毅さんに言われて私はこの車を選んだ。選んだはいいが、最初の頃私は幾度となくエンストを起こした。

「これのどこが運転し易いのよ!」

 一体私は、何度毅さんを恨んだ事だろう。しかし三日もするとだんだん身体がクラッチに慣れてきた。そして、一ヶ月も経つと完全に手足の一部になっていた。さあ、果たして新矢君はどうだろう? 私は意地の悪いおばさんのような気分で新矢君のクラッチミートを観察した。ところが新矢君は、見事に一発で発進させてしまったのだった。

「あっ、エンストしなかった。やっぱり男の子は違うのね」

 新矢君はニヤリと笑いながら白い歯を見せた。

「ところでどう? 歌詞の方は? 俺的には女の子同士の友情の事を書いたつもりなんだけど、それを読んだ人がそう思うかどうかは微妙なんだよな。ところで念のために確認しとくけど、この曲前サビで合ってるよね? そのつもりで歌詞を書いたんだ」

「前サビだよ」

 私はCDを再生して二曲目の頭出しをした。そして歌詞を読みながら自分の作ったメロディーに耳をすませた。



   もう泣かないで Don't cry my friend

   君の事 守ってみせる

   もう泣かないで Don't cry dear friend

   君の事 傷つける全てから


   君の事 ちょっと誤解してた ゴメンね

   まさかこんなにも涙もろかったなんてね

   放課後の放送室 打ち明け話

   正直に言ってくれてアリガト

   (I would like to know more about you)


   あんな噂 気にすることないよ

   間違ってるのはどっちか 私はちゃんと知ってる

   君が強がるのは 強くないから

   でももう大丈夫 これからは私が一緒にいてあげる


   だからお願い これからもずっと


   もう泣かないで Don't cry my friend

   君の事 守ってみせる

   もう泣かないで Don't cry dear friend

   君の事 傷つける全てから



 再びサビのパートに入った途端、私の目から涙がポロポロこぼれだした。そのまるでコスモの事を熟知していたかのような内容に激しく感動したからであった。

「ああ新矢女を泣かせた! オレもうこんなヤツが運転する車なんか乗りたくねえ! 歌祈さん、こいつを叩き降ろして三人だけで行こうぜ!」

「違う、違うの」

「いや、 歌祈さんあのね、一将は性格がものすご〜く悪いから意地悪でそう言ってるだけで、本当は俺の書いた歌詞に感動してるんだって分かってるんだよ」

「自分の歌詞に感動しただなんてよくもそんな気持ち悪い事が言えるな。この自分の才能に自惚れた自意識過剰野郎!」

「それは一将お前の事だ!」

 雪光君が、二人のやりとりをクスクス笑いながら聞いているのを見て、これがこの子たちのいつもの姿なんだな、と私は涙を拭きながら少し笑った。

「違うのよ…」

 私は涙のわけを説明した。

「これ、"放課後の放送室"って部分を別にしたら、まるきり自分の経験どおりの内容だったから、それで思わず泣いちゃったの」

「二人きりで話し合ってるっていうイメージを持たせたくてそう書いたんだけど、上手く伝わったかな?」

「うん、ちゃんと伝わるよ。ねぇ、この"放課後の放送室"の放課後だけは替えてもいい? ここを直すだけでまんま私の思い出どおりになるの」

「いいよ。てゆーか歌祈さん、昔の友達とこういう経験があるんだ?」

「うん。その写真に写ってる真ん中の女の子とこういう経験があるの。まるであの時の事を知ってたかのように書いてある。ああ! やっぱり私たち運命的な何かで結ばれてるのよ!」

 唄が上手過ぎる事がかえって逆に仇となり、今までずっとメンバーに恵まれずに来た私にとって、これはようやく見えてきた光明だった。

「すごいなぁ…。ところでどんな思い出なの? 良かったら聞かせて」

 雪光君が尋ねてきた。

「オレも聞きたい!」

 一将君も声をあげた。私は目的地へと刻一刻と近づいてゆく車の中で、コスモがクラスで孤立していた事、化粧ポーチをたまたま理科室で拾ってしまったがためにクラスの女子たちと対立してしまった事、それが理由でそんな意図は全くなかったのにも関わらず結果的に孤立していたコスモの味方になってしまった事、そして、二人きりの放送室でコスモの兄の死についての話を聞き、孤立しているのを承知の上でコスモとの友情を貫こうと決意した時の事を話した。

「あのザードのコピーバンドでギター弾いてた人が"形見"って言ってたけど…」

 新矢君が尋ねてきた。

「…あの人が弾いてたストラトがそのコスモさんって人のお兄さんの形見って事なんだよね?」

「そうよ。因みにね、あのストラトはクラプトンのシグネチャー・モデルのブラッキーなの」

「そういえば…」

 雪光君が、

「…確かちょうど去年の今頃だったよなぁ。クラプトンのブラッキーが一億円で落札されたって話題になってたの」

 と、ひとりごとを言う時のような口調でそう呟いた。すると新矢君も、「それって確か六月じゃなかったか?」と呟きながら、私の方をチラリと振り向いた。

「ともあれ確かに奇遇だよねぇ。それじゃあマジで俺の書いた歌詞みたいだ。ところで歌祈さん、そろそろ目的地なんだけど、大丈夫?」

「もちろん大丈夫よ」

「マスターも"事前に連絡してあるから心配するな"って言ってたんだけど、それにしても謎だよなぁ。あんな所にスタジオなんかないはずなんだ」

「あるのは中古の車屋と『解体屋』ぐらいだぜ」

「カイタイヤ?」

 私はその聞き慣れない言葉を、イントネーションを間違えないよう丁寧に発音し聞き返した。するとその「カイタイヤ」という言葉を口にした一将君が、

「そっ、解体屋。もう壊れて乗れなくなった車を分解して、まだ使えるパーツを再組立リビルドしたり、金属を種類別に分けてクズ鉄屋に売る仕事をする場所」

 と答えた。その話を聞いた瞬間、私はビクッとしてしまった。

「ま、まさか、私の大事なインテRをバラバラにする気!?」

「まさか、今向かってる場所にはそれぐらいしかないよって話をしてるだけ。だいたいまだこんなにピンピン走る車をバラしたりなんかしないよ」

「てゆーか、そのマスターって人は一体何者なの?」

 もしかして、私はこの子たちに騙されているのではないのだろうか、といった思いが脳裏に浮かんだ。

「楽器屋さんの店長。オレたちの三人の師匠みたいな人」

「その人は本当に信用できるの?」

 自分の車が心配で心配で仕方なかった私は更に尋ねた。

「できるよ。ほら、ついた!」

 たどり着いたのは、アクション映画の銃撃戦の撮影に使われてもおかしくなさそうな場末の工場だった。もしも夜なら、アクション映画どころかホラー映画にも使えそうな雰囲気を持つ薄汚い敷地を見て、私は更なる不安を感じてしまった。

 車を邪魔にならないような場所に止めた後、私たちはその「カイタイヤ」の看板を見た。錆びて朽ちかかった看板には、癖の強い文字で「自動車エコ・リサイクルサービス・市ノ瀬(有)」と書かれていた。中にはうず高く積み上げられた乗用車や、ひどく汚れたフォークリフト、プロレスやボクシングに使われているリングにサンドバッグが置いてあった。そしてその更に奥には、ステージの上でマイクを持ってスポットライトを浴びている猫と、「カラオケランド・ドレミちゃん」というロゴの描かれている薄汚れた小屋があった。それだけですでにもうじゅうぶん過ぎるほど異様なのに、その上さらに国籍不明の外国人の姿が幾人か見えた。そのうちの一人、見るからに屈強そうな肉体を持つ上半身裸の黒人が、バットを振り回す野球選手のようにハンマーで車の窓ガラスを割るのを見た。

「ヒィッ!」

 ザンッ! とガラスの割れる音を耳にし、思わず悲鳴をあげてしまった。

「ねえ、帰ろう! やっぱり帰ろう!」

 私がそう言うのとほぼ同時に、

「よお、来たか」

 そこの黒人たちよりも更に大きな身体を持つむくたけき日本人の男性が現れた。

「俺の名前はサトルだ。ええ〜っと、一将に新矢、雪光、それとその別嬪ちゃんがボーカルの歌祈か。よろしくな…」

 ディッキーズの赤いツナギに身を包んだサトルという名の男性は、油で汚れた手をウエスで拭いながら、「車は?」と周囲を見回した。

「…インテRか。ホンダ車はアルミが多いから金になるんだよなぁ」

 その言葉を耳にした瞬間、私は、「終わった」、と思った。


 …今となっては笑い話もいいところなのだが、これが「ギターショップ」のドラム、サトルさんと初めて出逢った時に私が感じた偽らざる第一印象なのであった…。

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