第10話 プロポーズ

 しばらくまったりしていると、目の前に置いてあった私のスマホのバイブがなり『拓也』という名前が。


 止まらないバイブ。スマホを眺めていると、彼が言う。

「出ないのですか?」

「……あの、何年も音信不通だった元旦那なんです。出たくなくて」

 彼の顔色が変わる。

「代わりに出ますね! 良いですか?」

「はい、お願いします」

「あ、切れた」

 出ようとしたら切れたけれど、再びかかってきた。

「出ます!」 

 そう言って、彼は私のスマホを手に取ると、玄関に行き、ドアを閉めた。


 元旦那が何の用事だったのか、彼と元旦那が何を話すのか気になったけれど、何よりもこのタイミングで電話が来たのが不満だった。


 ――せっかく良い雰囲気だったのに! なんなんだ、あの人。


 彼が戻ってきた。

「どうでした?」

「なんか、江川さんと柚希ちゃんに突然会いたくなったそうです」


 ――はっ?


「それだけですか?」

「はい、なので、もしもどうしても会いたいのなら、僕たちはお付き合いしているので、僕も同伴することをお伝えしました。後は、江川さんは電話に出たくなくて、会いたくもなさそうでしたと伝えておきましたよ。そしたら電話が切れました」

「ありがとうございます」


 何年も音信不通だった。養育費も結局三ヶ月しか払ってくれなかったし。他の女のところにいったのに、会いたくなったからって理由で、いきなり電話してきて。どこまであの人は自分勝手なんだろう。




「江川さん!」

「はい!」

「あの人のところへは、戻らないでほしいです」

「戻るわけないです。だってあの人は――」

 妊娠中に不倫された話から、別れるまでのことを全て彼に話した。

「そうだったのですね……僕、今電話が来た時、とても不安になったんです」

「不安、ですか?」

「はい、江川さんがその人と会い、寄りを戻して、僕から離れていってしまうのではないかと」

「生田さん、私から離れはしないです。離れるとすれば、生田さんから離れていくのだと、ずっと思っています。だって、生田さんはとても魅力的で……」

「ありえないです! 離れるだなんて、考えられないです。『もう会わない方が良い』って江川さんに言われて、実際、保育園でしか会えなくなった時は、しんどかったです」

「私もです。というか、あの時は一方的に電話切ったり、発言とかも、色々とごめんなさい」


 振り返れば、本当にあの時はどうかしていた。彼の話を最後まできちんと訊いていれば、あんなことになんてならなかった。

 あの時の勘違いも甚だしい。


「きっとあのひとり暴走は、毎月来るバイオリズム低長期と重なったせい……」

「バイオリズム低長期……。毎月来るのですね。何かお力になれることがあれば気軽に言ってください」

 あっ、心の呟き、声に出してた。しかも、きちんと彼は真面目に向き合ってくれている。そう、いつも真剣に向き合ってくれる。


「ありがとうございます」



「江川さん!」

「はい!」


 彼が体をこっちに向けたから、私も彼に体を向けた。そして手のひらを上にして両手を出してきたから、私は彼の両手に自分の両手を乗せる。


「僕は、江川さんを悲しませるなんてことしません!」

「はい、分かります!」

「なので、一緒になりませんか?」

「一緒に、それって」

「はい、結婚です。本当はロマンチックに『クリスマスにプロポーズ計画』を立てていたのですが、今の電話で気持ちに余裕がなくなってしまって」


 クリスマスまであと一ヶ月ちょっとある。


 弱気な彼。

 しかも原因が私と元旦那。


 普段は完璧な彼。私みたいに欠点だらけなのとは正反対で、住む世界が違うって、ずっと遠くに感じていた。


 余裕がなくなっている彼も、愛おしく感じた。


「一緒に、なりたいです」


 彼からのプロポーズ。そして、弱気になっている彼を見ていると、気持ちが高ぶり、なんだか積極的になっちゃって。


 私は彼の顔に自分の顔を近づけると、優しく唇を重ねた。

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