第11話 その後

 あれから三年が経った。

 子供たちは小学三年生に。


「はい、OKです!」と、監督さんの声。


 今日はうちのリビングで、とある空気清浄機のCM撮影をしている。出演者はパパと、一歳になった私の娘、羽花うか。撮影が始まる前に、一日の流れの説明と共に見せてもらった絵コンテの通り、順番にひとつひとつのシーンを撮り終えていく。ちなみに撮影現場を見るのは初めてで、子供たちと私は、興味津々。


 邪魔にならないように、荷物置き場になっている寝室で「上手く行きますように!」と、ドキドキしながら撮影を見守っている。


 今、監督さんと彼、スタッフさんで撮れたものをモニターで確認している。


「大丈夫そうですね、これで全部撮り終えました。お疲れ様でした!」


 撮影が終わった。羽花が出来るだけ普段通りでいられるようにと、本番中、外で待機していたスタッフさんたちが入ってきた。そして撮影に使った道具の片付けを始める。


 私はリビングのふわふわした白い絨毯の上で眠っていた羽花を抱っこした。


 監督さんに話しかけられる。


「奥様、今日は素敵なお家を使わせていただき、撮影にご協力くださり、本当にありがとうございました」

「こちらこそ、貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました」

「子供が遊べるスペースもあって、本当に綺麗で素敵なおうちですね」

「ありがとうございます。夫が、家建てる時に子供が過ごしやすいようにって考えた設計なんです」

「そうなのですね。生田さんらしいです。生田さん、いつも撮影現場でもひとりひとりに気を遣ってくださるし、羽花ちゃんが産まれたばかりの頃かな? 現場一緒になった時、奥様の寝不足や子供たちのことをとても心配されていたりもして、素敵なパパなんだろうなって、スタッフと話していましたよ」


 噂の彼を見ると、スタッフさん達と一緒に撮影道具を片付けていた。


 はい! 私の夫は世界一素敵です!

 私は心の中で叫んだ。

 

 皆がいなくなり家族だけになると、彼は大きなため息をついた。


「こんなに撮影で緊張したの、初めてかも。羽花がきちんと笑ってくれるのかな?とか、眠ってくれるかな?って。そんな理由で撮影緊張するなんて、考えたことなかったな」

「私もすごく緊張した。無事終わって良かったね! 羽花とパパの共演、放送されるの楽しみ!」


 私もほっとしながらそう言った。


 プロポーズを受けた時、私には不安があった。こんなイケメン人気俳優と結婚したら、ファンの人たちを始め、世間からはどう見られるのだろうと。よく思われない気がして怖かった。


 その気持ちを隠さずに話すと、彼は「まかせてください!」と自信満々に言った。彼がそう言うと、いつも安心する。


 彼は、事務所と協力して、一般人と付き合っていること、とても仲が良いこと、そして良いパパっぷりをさりげなく世間に広めていった。それから色々調整し、マスコミを通して『結婚報告』を世間に。


 普段の彼の人柄がそうさせたのだろうか。

 世間は私たちを祝福してくれた。


 業界人やマスコミも、私たちがプラスになるようなコメントや報道ばかりをしてくれた。


 それから私たちは結婚し、新しい命も授かった。


 ちなみに彼は、父親役を演じる機会が増え、更にイメージアップした。


 いつも彼のスパダリぶりを実感していたけれど、羽花が産まれたばかりの時は凄かった。彼がお仕事休みの日は、ほとんどの家事育児をしてくれて、私の身体を休ませてくれた。産後しんどかったから、本当にありがたかったな。しかも「今日は心身共に余裕があるから、私、休まなくても大丈夫ですよ」と言うと「じゃあ、何か好きなことしててください! 葵さんも、ママである前にひとりの人間なんだから、やりたいことあるでしょ? あ、でも特にないのならこの発言、すみませんでした」と。とにかく優しい。


 あと、表ではそれを感じさせないけれど、彼は裏で色々頑張っている。彼のレベルだったら、一回台本読んだだけで、完全に台詞とか覚えて演じれちゃうのかな? なんて思っていたけれど、それは違った。ひとつひとつの台本に赤文字で気をつけなければならないこととかびっしり書いてあるし、台本何ページも続く長い台詞はノートに何回も書いて覚えるらしい。


 お芝居とかの勉強ノートも沢山あった。それを読むのが楽しい。彼は読まれるの、恥ずかしがっているけれども。


 ちなみに、子供たちが眠った後「じゃあ、行ってきますね!」と二階にある将来子供の部屋にする予定の、今は何もない部屋で彼は静かに毎日レッスンしている。


 そんな陰の努力を知ると、ますます好きになっていく。




 CM撮影を我が家でしてから半年後。


「見て! パパと羽花ちゃんのCM!」

 夜ご飯を家族で食べている時、斗和の一声で全員がテレビの画面に釘付けになる。

「羽花ちゃん見て? テレビにパパと羽花ちゃんいるよ!」

 羽花にご飯を食べさせていた彼が、羽花に話しかける。彼女も意味が分かったのかな? テレビに視線をやり、指さしながら「あー! パッパ!」って叫んだ。


 CMはこんな感じ。


 癒されるピアノの音とナレーション。

 太陽の光が差し込む、明るいリビングの映像。


 パパと娘がふたりで楽しそうに笑いながら積み木で遊んでる。空気清浄機の説明が挟みこまれ、それから親子のシーンに戻り、一緒にその場で気持ちよさそうに昼寝するふたり。最後は羽花の寝顔のアップになり、最後に会社名が真ん中に。


 想像以上の仕上がりで、泣きそうになりながらその映像をスマホで撮った。


 綺麗な映像に、とても良い表情なパパと羽花。見せてもらった絵コンテと、撮影の現場だけを見た段階ではこんな素敵なCMになるとは予想していなかった。


「これ、今撮らなくても、ネットでも公開される予定だよ! しかもロングバージョンも」と、パパ。続いて柚希が「羽花ちゃん、可愛すぎー!」と叫ぶ。そして「ママ、撮影してる時、羽花、寝てくれるかな?ってすごいドキドキしてたよね!」って、斗和が言った。


 最近毎日笑顔が絶えない。 

 こんな毎日で良いのかな? 良いよね!


 ――今、私は、彼と子供たちから本当に沢山の幸せをもらっていて、胸がいっぱいだ。

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