デート(水族館)
「久しぶりに来ましたよ」
場所は水族館だった。今回のデートは私と翔がそれぞれ1つずつ行きたい場所を選びその2つを1日で周る予定だ。
「俺も久しぶりだな。何年前だろう。最後に来たの」
休日の為人は多くかなり混んでいた。いくつかの水槽の前には人だかりができ、とても見えない。
「唯ってプライベートだと感情出やすいのね」
くすくすと笑いながら頭を2、3回撫でられる。分かりやすく項垂れてたから慰めてくれたのだろう。
「すいません。休日に来たらこんなものですよね」
「下の階にミニクラゲコーナーがあるよ。小さい展示コーナーだから空いてるんじゃない」
翔に階段を指差す。2人でクラゲコーナーに向かうとかなり薄暗かった。
「そこ段差だから気をつけてね」
「はい」
とても狭い空間だった。いくつかの水槽に様々なクラゲ。クラゲは1〜2センチほどの小さいものばかりであまり幅は取らない。
「可愛いですね」
ぷかぷかと浮かんでは沈む様子は見ていて落ち着く。
人もいないのでゆっくりと眺められる。
ただし小さな水槽を2人で覗き込むと自然と距離が近くなるので緊張もした。
「唯はクラゲ好きなの」
「そうですね。前に読んだ小説の影響で」
「なんてタイトルの本」
「『
目の前のクラゲになんてピッタリな言葉なんだろうと水槽を眺める。
「どんな話」
「クラゲの飼育員と恋する話です」
主人公の兄はギャンブルが好きでよく借金を作った。その借金を返すために水商売で働き、どれだけ稼いでも贅沢できない生活を送る。
楽しみが見出せない人生で彼女はふと思う。「死のう」と。
けれど最後の思い出に水族館に行く。小学校の遠足で訪れた時に心惹かれた光景を目に焼き付けてから終わりにするために。
「知ってますか。クラゲって脳がないんですよ」
「へぇー。まぁこんなに小さいならそうだろうな」
「だから悲しいとか辛いとか感じないんですって」
そんなクラゲのことを「羨ましい」と作中の主人公は言った。そんなことをボンヤリと思い出していると不意に手を握られた。
「翔?」
「そろそろ行こっか」
「あの、手」
私より大きくて骨ばった手。滑らかで温かい。意識すると鼓動が僅かに加速する。
「唯がどっかに行っちゃう気がしてさ」
離さないとでもいうようにしっかりと握りしめられる。
「この年で迷子になんてなりませんよ」
動揺を誤魔化したくて抗議するように告げた。翔は苦笑いを浮かべた。
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