偽装恋人
その言葉は社会人失格と言われているような気がした。会社と関係ないプライベートな事情で仕事を疎かになどしたくなかったのに。
「確かに平手は変わらずに仕事は丁寧だった。挨拶する時は笑顔だったし、俺以外の人は何も気づいていないと思うよ」
ならば何故黒部さんは気づいてしまったのだろう。
「それでも俺には無理に笑っているような気がしたんだ。だから不安でつい平手のことを目線で追いかけていた」
「他の人が気づいてなかったのなら黒部さんも気づかないで下さいよ」
あまり甘やかさないで欲しい。キャバクラを辞めたとしても妹の学費はなんとか払いたい。だからこそ頑張らなくてはいけないのだから。
「しょうがないだろ。気づいてしまったんだから」
私の弱さなんて暴かないで欲しい。気を抜くと泣きそうになるから。
「もし平手が恋人役を引き受けてくれるなら妹の学費が払えるようにする。それに絶対に無理はさせない」
私はやっと気づいた。これは黒部さんが私のためにしてくれる提案なんだって。
彼が恋人のふりをする人が必要なのも本当だろう。
対価としてお金を払うこと厭わないのも本当だ。
でも別に私じゃなくても良かったはずだ。人望がある黒部さんだ。協力してくれる人などいくらでもいる。それでも1番に私に相談してくれたのは心配してくれていたかからなんだろう。
「恋人役、前向きに検討したいです。具体的に何をすればいいのでしょうか」
「まずは一緒に住んで欲しい」
「一緒に住む」
思わずおうむ返ししてしまった。
「他人と一緒に住むことに抵抗あるのは分かる。でも部屋は別ける。なんなら自分の部屋に鍵をつけても構わない」
これまでの会話で黒部さんが沢山私に気を使ってくれたことは分かっていた。だから黒部さんとなら一緒に生活しても苦にならないだろう。
「でも黒部さんが住む家って家賃高そうですよね。半額は出せないかも」
呆れたように目を見開かれた。
「払わせるわけないだろう。こっちの都合で一緒に住むんだから」
「でも……」
「この契約が平手の経済的負担になったら意味ないだろう。他にも生活費……ガス、光熱費は俺が持つよ」
甘えすぎではないだろうか。でも私がお金を必要としているのも事実。
「では生活費はお願いします。それを恋人役の対価にするということでどうでしょう」
「つまり俺が生活費だけ払えば平手にはお金を払う必要はないってことか」
腕を組み僅かに首を傾げる。
「はい。家賃払わないだけでも大分助かりますし」
実家は会社から遠いため一人暮らしをしてる。けれど東京はとにかく家賃が高い。
黒部さんは逡巡するように目を閉じた。
「……分かった。けれど妹さんの学費が足りない時は必ず言って欲しい」
前屈みになり射抜くような目線を向けられる。遠慮や誤魔化しは無駄だと伝わる。
「分かりました。その時は必ずご相談させて頂きます」
返事の代わりに優しく笑われた。それだけで空気が和む。
「それと1度俺の親に会ってほしい」
「分かりました」
「それから期間だが取り敢えず1年はどうだろうか」
「大丈夫です」
それからも細かい話し合いを続けた後、レストランを出た。
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