偽装恋人

「度々悪いな」

相対して座る黒部さんが軽く頭を下げる。

「いえ」

会社が休みの土曜。キャバクラも辞めたので完全に休日。そんな日に何故上司に会っているかというと呼び出されたからだ。

場所は個室のレストラン。部屋には大きな水槽が設置されていて様々な魚が泳いでいる。

「それで話ってなんですか」

「そう急かすな。まず食べよう。お腹空いてるんだ」

応えるように私のお腹がなる。

「ふふ」

思わず、といった感じで笑われた。メニュー表を差し出されたので受け取る。

「いつもはとっくにお昼ご飯を食べてる時間なので」

恥ずかしくて言い訳を口にする。

「ああ、悪い。ランチタイムをずらさないと予約が取れなくて」

時間と場所を指定したのは黒部さんだ。

「素敵なレストランですものね。でもメニューに値段が書いてないと不安になります」

「休みの日に来てもらったんだ。お礼に奢るよ」

「でも前回も奢ってもらいましたよね」

お会計の際、払う払わないで若干揉めた。結局「会社にバラされたくなければ従え」と言われ奢って貰った。

「平手は優秀なんだから分かるだろ。ここで素直に奢られないとまた脅されるだけだって」

「自分の部下を脅す上司って酷いと思います」

本当は黒部さんが奢られなかったなんて理由で人の弱みをバラす訳ないことくらい分かるけど。

和、洋、中、3つのジャンルを扱うレストランで豊富なメニューに迷う。

熟考の上、鰻のひつまぶしを頼んだ。黒部さんは牛タンのシチュー。

料理は絶品だった。ひつまぶしに付いてくるだし汁が味が染みていて美味しい。エアコンが効いてる部屋で適度に体が温まる。

「それで、話なんだけど」

基本的に決断力がある黒部さんにしては口ごもる

「なんでしょう」

「その、俺の恋人役をして欲しいんだ」

「はい?」

あまりに唐突の話に頭の中で大量のハテナマークが浮かぶ。

「実はここ最近親がやたら見合いを勧めてきて断りきれなくなってるんだ」

なんとなく話が分かってきた。

「見合いを断る口実が欲しいから付き合っているふりをするってことですか」

頷くことで肯定された。

「もちろん平手にもメリットを用意する。毎月お礼に謝礼も払う」

「お金のやりとりまで発生するんですか」

1円でも金銭を頂いてしまえば責任が生じる。おいそれとは受けられない。

「前は彼女代行サービスを使って彼女がいるふりをしたんだ。俺にとってはお金を払ってでもお願いしたいことなんだよ」

眉を八の字に下げながら必要性を訴えられる。取り敢えず困っていることだけは伝わった。

「ではこのまま代行サービスを使えば良いのでは」

私みたいな素人よりその道のプロにお願いした方がいいだろう。黒部さんが求める理想の彼女を演じてくれるはずだ。

「バレたんだよ」

「え」

「彼女が他のお客さんとデートしている所をたまたま母親が目撃してな」

「そうなんですね」

「もちろん嫌なら断ってくれて構わない。だけど検討してみてくれないか」

「嫌というか……」

「なんだ」

「キャバクラで働いていた時、副業禁止だと注意したのは黒部さんですよね」

つい先日と言っていることが矛盾している気がする。

「俺が平手にキャバクラを辞めるように言った理由は2つだ」

黒部さんが指を2本立てる。白くて長い指に見惚れないように気をつける。

「1つ目はクライアントを含め他の誰かに見つかる可能性があったから。俺が黙っていた所で会社にバレるのは時間の問題だと考えた」

現に山本さんに見つかっている。黒部さんの指摘は正しい。

「2つ目は平手がやっぱり無理しているようにしか見えなかったから」

「私、そんなに分かりやすかったですか」

どれ程体調が悪くても仕事に影響出さないように気をつけていたつもりだった。

クマができても化粧で綺麗に隠し、血色がよく見えるようチークも入れた。

アイシャドウの色も厳選し決して疲れている顔に見えないようメイクを研究した。

「分かるよ」

「そうですか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る