始まり

「お疲れ様でした」

定時に上がり急いで帰宅する。家に着くとお風呂に入り簡単な夜ご飯を食べてすぐに出かけた。のんびりしていると副業に間に合わなくなる。

目的のビルに着くと真っ直ぐにエレベーターに乗る。

途中で私が働く「ミモザ」の広告が貼られていた。在籍するキャスト10名ほどの顔写真が並んだ広告だ。

そう。私はこれからキャバクラ店で働く。

「おはようございます」

受付、黒服のスタッフに挨拶しながら更衣室へと向かう。真っ赤なリップに濃いマスカラ。銀色に輝くチェーンのネックレス。華やかなロングドレスに着替え出勤だ。

「今日も可愛いね」

「ありがとうございます」

お決まりのお世辞に笑顔で応えながら接客をこなす。

正直かなり疲れているが態度には出さないように必要以上にテンションを上げる。

私、平手唯ひらてゆいは普段大手経営コンサルタントで働いている。そして水曜日の仕事が終わりと休日の土日にキャバクラで働いている。

勤務時間は21時から翌日の1時までだ。

最初は知り合いにバレないかドキドキした。だって私の会社は副業を禁止にしているのだから。発覚したら最悪の場合懲戒処分もありえる。

決められたルールを破ってしまっている罪悪感もある。けれど私はお金が欲しかった。

キッカケは1年前。父が癌を煩い入院した。既にレベル4。完治するのは難しいと言われていた。ただし新薬を投与すれば治るかもしれない。けれど保険は適用外。家族みんな、一瞬たりとも迷いはしなかった。どれだけ高額な治療になろうが父親の病気が良くなればそれでよかった。

家の貯金を全て使うことになろうが父の治療を最優先した。

けれど父は4ヶ月前に他界した。

一家の大黒柱を失い私達の生活は一変した。今まで専業主婦だった母は週6で働き始めた。

妹は授業料が払えないから大学を辞めると言い出した。けれど私が授業料を払うから大学は卒業まで続けなさいと説得した。

だってあれほど必死に受験勉強して合格した大学だ。中退などさせたくなかった。

妹は今、大学で勉強しながらほぼ全ての家事をこなし、合間にバイトをして家計を助けてくれている。

私は今、一人暮らしをしているため家族と頻繁には会えないが、無茶をしてそうで不安だ。

だからこそ私も頑張って家族を助けなければ。

深夜1時にキャバクラの勤務を終え、急いで家に帰る。明日は9時から本業、経営コンサルタントの仕事だ。今日定時に帰ったため出来ていない資料も貯まっている。残業になるかもしれない。だからこそ少しでも早く帰って休もう。

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