禁忌
寝室に向かうまでの足取りが、重い。
一歩、また一歩と歩を進めるうちに寝室のドアの前にやってきた。
ドアをノックし、これをガチャリと開ける、と、ベッドに座り、煙草を燻らせる雅久お兄ちゃんがわたしを流し目で見る。
凛と澄んだ、黒曜石のようなその瞳にとらわれた瞬間、時間が止まり、世界がまるで機能停止を起こしたかのような錯覚にとらわれた。
「詩子」
薄く、形のよい脣がわたしの名を紡ぎ、雅久お兄ちゃんから呼ばれるがままに彼の下に向かう。
トントン、ベッドを紅差指でつつき、そこに座るよう合図する。合図され、雅久お兄ちゃんの隣にそっと腰を下ろす。
雅久お兄ちゃんから強く香るマールボロの香りが、彼の香りが心地よく、その麻薬のような香気に酔いしれる。そうして、調律が狂うようにわたしのリズムが乱れる。
ベッドに腰を載せてすぐ、ベッドボードに置かれたステンレス灰皿で煙草を揉み消し、わたしのかんばせに目を据える雅久お兄ちゃんにドキンとしてすかさず目を逸らす。
が、抱き寄せられ、逃げ場を失った。
「っ……」
わたしの髪を指で梳きながら耳に、首筋に脣を落とす。そのやわらかな脣の感触と、わたしの髪を梳くその指先の動きがわたしの中に眠る官能を呼び覚まし、瞬間、激情という名の蕾が花開く。
「がく、おにい、ちゃん……」
恥ずかしい、けれども、妖艶にわたしを誘い、わたしの脳中を惑わすその前戯が好きで、いとおしくて……それに抗えない――のではなく、抗う気が起きない。いまや雅久お兄ちゃんのなすがままだ。
際限なく高まる羞恥心――と、雅久お兄ちゃんが首筋に舌を這わせ、体がビクッと跳ね上がる。
その冷たく、生々しい舌の感触に背筋がゾクリとし、それが理性と呼ばれるものをわたしから容赦なく奪い去る。
「っ……あぁっ!……」
身をよじり、刺激に耐えるわたしを雅久お兄ちゃんは逃がさない。
それが首筋から鎖骨へゆっくりと移動し、鎖骨を甘噛みしたとき、先ほどとは違った刺激に襲われる。シーツを握りしめ、五感を痺れさせる作用を体外へ逃がす。
この刺激が快楽へと変わりつつあることを愉しむようにわたしを愛撫する雅久お兄ちゃん――そのてのひらの上で踊らされるわたしは、もはや雅久お兄ちゃんのお人形に過ぎない。
と、そのとき、そのやわらかな脣がわたしの脣と重なり、体が熱を帯びる。それが重なった瞬間、脳内を痺れさせる甘い電流が流れた。
角度を変えて行われる、ふれるようなやさしいキス――のち、雅久お兄ちゃんは脣の隙間に舌を差し込み、これを器用に絡め取った。
唾液が混ざり合い、それがにちゃにちゃと酷くいやらしい音を立てる。扇情的な気分がじわりじわりと高まり、愛液がクロッチをじわじわと濡らしてゆく。
煙草の風味がするほろ苦いキス――まるで互いの欲を満たす、満たし合うように舌を絡ませ合う。
ネットリとした唾液が混ざり合う深いキスを堪能するわたしたちはいま、理性を忘れた欲に忠実なただの“動物”だ。
そして脣が離れたとき、唾液が糸を引き、これがわたしのレースのブラウスにたらり、と垂れ、これを汚す。
「はっ……ぁっ……ん……」
ジッ、とわたしを見つめ、妖しいほほ笑みを浮かべた直後、わたしをベッドに押し倒した。
ギシッ、ベッドのスプリングがきしむ音がまるで深海のように暗く、静かな室内に大きく響く。わたしを押し倒したのち、わたしにすかさず覆い被さった。
やわらかなベッドに身をゆだね、雅久お兄ちゃんの心の中を探るように彼の双眸に瞳を据える。けども、その黒目勝ちの麗しい漆黒の瞳はこころを閉ざし、他者の侵入を決して許さない。
不安にゆらぐこのこころ、一方で動じない雅久お兄ちゃん――と、そのとき、彼がブラウスの上からわたしの胸をいきなり揉みしだき「ひゃあっ!」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
ああ……余裕が徐々に奪われてゆく……。
そして、もう一方の手がプリーツスカートに忍び込み、それがパンティーをまさぐり「っ……はっ……あぁっ……やぁ……」と旋律を奏でるかのごとき嬌声を上げてしまう。
この快楽からのがれるように身をうごめかした瞬間、即座に脣を奪われ、この快楽からのがれる術を完全に奪われてしまった。
どんなに、いくら足掻いても月雪雅久という兄からのがれることはかなわない――。
その舌が脣の隙間から侵入し、舌と舌を再び絡ませ合う。こうしている間にも愛撫はヒートアップし、愛液の海に浸かったクロッチはすでにドロドロだった。
「もっ……だ、め……」
ギブアップを宣言した直後、フッ、と雅久お兄ちゃんが笑声を洩らした。
脣が離れたとき、快感の渦に飲み込まれたわたしの意識はぼうっとし、視界はもやがかっていた。
「さてと」
わたしをとことんまで愛撫し、わたしを支配下に置いた雅久お兄ちゃんの表情はゾッとするほど蠱惑的だ。
妖艶な煌めきを宿したその睛眸に囚われた瞬間、全身から力が抜け、脱力する。
曼珠沙華のように紅く熱く、過剰摂取すると確実に死に至る猛毒の遊戯。この遊戯は、悲しい思い出を震えるほどの情熱が忘れさせてくれる。
その細長い指がブラウスのボタンを一つ一つ丁寧に外してゆく様を眺めながら、その様だけで絵になる雅久お兄ちゃんにほれぼれとする。
ボタンが外れ、ブラウスがはだけて素肌があらわになったとき、秘する胸の内をその双眸に手も無く見透かされる気がして睫毛を伏せる。
と。
その指先がわたしの顔の輪郭にふれる。まるでいつくしむように雅久お兄ちゃんがこれに指を這わせた瞬間、官能をカッと燃え上がらせる体感に全てを支配され、ゾクゾクとする。
チリッ、火花が散り、まるで火傷したかのように顔がほてり始めるのを感じる。
わたしの一々の変化を楽しみ、クツクツと喉を鳴らして愉しげに笑う雅久お兄ちゃん――。するとそのとき、わたしの背部にいきなり腕を回し、わたしを抱き起こした。それに驚き、目を見開く。
間を与えず、わたしのペースではなく自分のペースで欲を満たす。欲が満たされたあとに残るものは、美しく咲き誇る花々が無惨にも枯れ落ちたかのようなわびしさだ。
そして、ブラウスを脱がされたとき、地肌にふれる、ひんやりとした冷たさに身体をふるわせる。この冷たさがわたしたちの行為と重なり、切なくなる。
と、クスリ、気息に似た笑声が聞こえてドキリとしたとき「黒色のレース素材、真ん中にリボンとスワロフスキーの装飾、今日の下着、詩子によく似合っているよ」と耳許で甘くささやいた。
耳朶を溶かすようなその甘く熱い声に絆され、身も心も雅久お兄ちゃんに絆される。
わたしの呼吸が、乱れる。
互いの呼吸が融合して、融ける。
雅久お兄ちゃんの肩に顎を乗せたそのとき、彼がブラジャーのホックを手際よく外し、ブラジャーを床にぽいと放り投げた。
刹那、ひやっとした外気が谷間をすり抜けた。
「が、く……おにい、ちゃん……」
すがるようにその名を呼ぶ。わたしのよわさを証明する言動が雅久お兄ちゃんの欲を煽り立て、煽り立てたその欲にわたしは翻弄される。
よわさを証明することは、身も心も赤裸々にし、赤裸々にした心身を相手に捧げ、相手に降伏することを意味する。
もう、手遅れだ。
ドサリ、雅久お兄ちゃんに押し倒され、ベッドにそのまま倒れ込む。わたしをつつみこむ彼の体温と、ベッドのやわらかさに安心する。
このまま、そのまま、ずっと……。
「綺麗」
一言、雅久お兄ちゃんが発した『綺麗』という言の葉にドキンとする。見ると、わたしのかんばせから胸元に至るまでを品定めするかのごとくその眼でじっくりと見ている。
「見ないで……」
精一杯の抵抗から発したこの言葉――その眼をチラリと見ると、その奥底には肉感を渇望する妖艶な光がギラついている。
と、片手で両手首を掴み、わたしが抵抗できぬよう、物理的な隙間を瞬時にして埋めた。雅久お兄ちゃんは抜かりがない、そう、いつだって。だから、こわい。
「恐怖」という円環に囚われた時、その円環から抜け出すことは叶わない。その「恐怖」を上書きする円環に囚われた時に始めてその円環から抜け出せる。だからといって、それは消失しない。
月雪雅久という円環、この円環から抜け出そうにも彼は、その抜け道を易々と塞いでしまう。その天才的とも言える抜かりのなさで。
今、――両手首を縛られたことで「私」が雅久お兄ちゃんに制圧されたように。
けれども、制圧されて余地を奪われた「私」は思考放棄を許された。雅久お兄ちゃんに身を委ねることを許された。そう、彼の傀儡としてこの場に存在しているだけでいい。
ただ、存在しているだけで。
にこり――わたしのほほ笑みを了承のサインと判断した雅久お兄ちゃんは直後、わたしの胸元に顔をうずめた。ガリッ、乳頭を甘噛みされた瞬間、雷に撃たれたような烈しい衝撃が体内を駆けずり回る。
「っ!」
われ知らず荒くなる息遣い――と、乳頭を舌先でちろっとなめられ、体がビクッと跳ね上がる。
次から次へと間断なくあたえられる、惑乱なプレゼントがわたしの思考回路をかきみだす。
「ぁっ……」
背中から汗が吹き出、下半身が痙攣しているわたしをよそにさらなる攻勢をしかけ、わたしを快感地獄に突き落とす。
「やっ!!」
その人差し指がクロッチにふれ、それがその割れ目をゆっくりと、ゆっくりとなぞる。直後、襲来した電撃のごとき官能に耐えられず、激しく身じろぎする。
なぞられる、すると、次の瞬間にはクロッチを人差し指でグッと押される。
雅久お兄ちゃんの目的、それは、わたしから理性を奪い、わたしの本能を引き出し、みだれ、みだされたわたしが彼をもとめるみだらなありさまを見ることだ。
「ぁっ……ん……」
上半身から下半身に至るまでを雅久お兄ちゃんに「洗脳」されたいま、この身体の主導権を握るのはわたしではない、彼だ。
ぼやける視界――と、わたしの両手首を解放し、雅久お兄ちゃんはベッドを離れた。ここを離れたのち、慣れた手つきでベルトのバックルを外し、黒色のスキニーパンツを脱ぐ。
それを脱いだ瞬間にあらわになる、その引き締まった下半身。ボクサーパンツを見ると、それを突き破らんばかりに膨張したシンボルが目を奪う。
「っ!……」
雅久お兄ちゃんのシンボルとわたしのウテルスはこれまでに何度も結合し、背徳感と呼ばれるものをこれまでに何度も共有した。
これを意識すると、おかしくなる。
「あっ」
「えっ?」
雅久お兄ちゃんが発した一言につられ、彼のかんばせを見つめる。と、「避妊具、あいにく切らしているな、そういえば」と不意に思い出したようにそう洩らす。
「……いいよ、それでも」
「……そう言うと思ったよ、詩子なら」
自身の確信を言葉にしたその脣が三日月のような美しい弧を描く。
避妊具をあいにく切らしている、嘘か本当かわからないその言葉、けれども、雅久お兄ちゃんとならどうなってもかまわない。
雅久お兄ちゃんとなら。
わたしがもしもわたしを大切にしていたらこのようなことを思わなかったのかもしれない。けれども、わたしを大切にできないわたしは、わたしが壊れ、破滅することを切に望んでいる。
壊し、破滅させてほしい、あなたがわたしを。
「さてと」とつぶやき、ボクサーパンツを脱いだのち、慣れた手つきでパンティーを脱がせ、それを床に放り投げたあと、シンボルをウテルスにグッと挿入する。
挿入の瞬間、その男性自身が子宮口にフィットし、ゆりかごがゆらゆらとゆれるようなここちよさがわたしをあたたかにつつみこむ。
背徳感を高める、避妊具を装着しない今日の遊戯。リスクは破滅への序章を意味する。
腰をゆっくりと振り、その男性自身を子宮口にやさしく突く。その男性自身にこれを突かれることがたまらなく好きだ。
他の男性自身がこれを突くとき、わたしを壊す男性自身は、破滅させる男性自身はこれであってほしいと切に願ってしまう。
わたしを壊すひとは、破滅させるひとは雅久お兄ちゃんであってほしい、違う、彼でなければ、だめ。
壊されたい、破滅したい、なのに、わたしはわがままだから、わたしを壊す相手は、破滅させるひとは雅久お兄ちゃんであってほしいと切に願ってしまう。
わたしを壊すのは、破滅させるひとは雅久お兄ちゃん、あなたであってほしい。
「っ……」
ゆっくりと、時に激しく行われる抽送。快楽を押し殺すその様を見、わたしで感じ、わたしがもとめられている事実によろこびを感じる。いま、雅久お兄ちゃんはわたしを必要としてくれているのだと実感できるから。
このことが、とてもうれしい。
「ぁっ……はぁ……ん……おにい、ちゃん……」
烈しさを増す抽迭、そして、その男性自身が子宮口を勢いよく突き上げる感覚、まるで地震のような振動が遊戯の烈しさを物語る。
「っ!……出るっ!!……」
出る、そう洩らし、ウテルスからシンボルをすかさず抜く。直後、わたしの腹部に“雅久お兄ちゃん”がどっと放出された。
遊戯が、終わった。
途端、わたしの胸を充たすあたたかな蜜が急速に冷えてゆくのを感じ、さみしくなる。
そして、そのシンボルがウテルスから離れたとき、雅久お兄ちゃんがわたしから離れた気がして、こわくなった。
遊戯の余韻に浸りながら、雅久お兄ちゃんの様子を観察する。と、わたしをチラッと見、ふいと視線を逸らした。
雅久お兄ちゃんの胸中に踏み入ろうとするわたしの眸子を、わたしをまるで拒絶するかのように――。
――その瞳の奥に潜む深層心理を読み取れないわたしと、その心中にわたしを招き入れることを許さない雅久お兄ちゃん。
物理的距離はこんなにも近いのに、心理的距離はこんなにも、遠い。
そのとき、雅久お兄ちゃんがティッシュボックスからティッシュペーパーを1枚抜き取り、わたしの腹部の“雅久お兄ちゃん”をさっと拭き取った。それから、拭き取ったそれをゴミ箱に放り投げた。
のち、マールボロのボックスからマールボロを抜き取り、ジッポーでそれに火をつける。
そして香る、マールボロの独特の香り。
マールボロの濃厚な紫煙、それは、雅久お兄ちゃんの心中を秘す厚いカーテン。
それを嗅ぎながら、このように思った。
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