第9話

騒がしくて目が覚める。

もう朝なのかと思わず身体を起こすも、まだ外は暗い。暗いのに騒がしい。

でも街ならばそんなこともあるのだろうと思い、再び横になる。

けれど、不安な気持ちが消えない。

この騒がしさは家の外ではなく中だ。

この家には老婆以外の人がいたのか。昼間はそんな気配もなかった。外から人が来ているのか。まさか、こんな夜中に?

時計がないからわからないが、時刻はおそらく深夜だろう。

その嫌な騒がしさを含んだ足音は次第にリィラの寝ている客室に近付いてきた。

もしかして、ここに泊まる人? 本当は泊まってはいけなかったのかも? 文句を言いに来たのかな。でも、この足音はひとりじゃない。

色々な考えが頭をよぎる。

扉の向こうで数人が会話をする気配がした。

「本当に……だな?」

「そりゃあ……だよ、……ね」

「本当なら……!」

「調べてみるしかないな」

よく聞き取れないが、「調べる」と言った後に、部屋の扉が開いた。鍵がない部屋の扉は簡単に開き、廊下の明かりがぼんやりと部屋の中にまで入り込む。

数人いるうちの誰かがライトを持っているようで、丸い明かりが部屋中をうろついていた。

「寝てるか?」

「寝てる寝てる」

ライトで顔を映されて、寝ているかどうかを確認される。

「(本当に何をしに来たんだろう)」

寝たふりをしながら、リィラは会話に耳を傾けた。

「で、バアさん。その本っていうのは」

バアさん。老婆のことだ。彼女もいるのか。老婆が傷つけられたわけではないようだ。

「古くて立派な本さ。大事に読んでた」

「見当たらねえな」

「大事にしてたって言ったろう。そんなとこにはないよ」

「えー。じゃあベッドかあ?」

ライトの明かりがベッドの隅をうろつき、魔術の本を捉える。

「あ、ほんとにあった」

「それで? 本当にそうなんだな?」

「実際に魔術を見たわけじゃないが、本人がそう言ってたからあんたらに報告したまでさ。しかも魔術が当たり前のように言ってた。だいぶ箱入りの嬢ちゃんだね」

魔術の話?

意味がわからずリィラは困惑する。

「それじゃいっちょやりますか」

何を?

困惑したまま、リィラは誰かに担ぎ上げられた。いやに熱い、男の腕だ。思わずリィラは目を開いた。

「お、目が覚めちまったか」

開けた目の先にいる大人たちは皆、一様に不自然に笑っていた。

「何……?」

「悪いようにはしないよ」

老婆が言った。悪いようには、とは何? わからない。わからないが、嫌な予感がした。

「下ろして」

「まあちょっとのあいだだけだからさ」

男はなおもリィラを担ぎ上げ続けている。

「下ろして!」

リィラが叫び、身を翻すと男はリィラを腕から離した。その隙に距離を取る。

それでも尚、周りには大人がいる。リィラは警戒しながらベッドに置かれたままの魔術の本を手に取った。

「一体、何なの?」

部屋の中は暗い。部屋の外から入ってくる光で逆光になっている。

大人たちの顔が不気味に光って見えた。不自然な笑顔といい、リィラは恐怖を覚える。

大人たちのひとりが声をあげる。

「お嬢ちゃんは魔術が使える? 魔力を持っている?」

リィラは数秒迷ったあと小さく頷いた。

「だから何?」

魔力を持っていても良いことなどなかった。魔力を魔術として使えるのだと知ったのも、使い方を覚え始めたのも最近のことだ。

だから、だからどうした、とリィラは思った。

「俺たちは魔術が使える子どもたちをこうして集めているんだ。魔術は大きな力だからね」

「集めて、どうするの?」

「使うんだよ」

「何に?」

「君に教える必要はないことだよ」

話していた男が手を掲げると、他の大人がそれにならうようにリィラの肩を掴んだ。

「行こう」

無理矢理にでもリィラを連れ出そうとする。

「嫌!」

「うるせえな言うこと聞け!」

「……《光よ》!」

リィラは咄嗟に叫んだ。強い光が部屋の中に広がり、大人たちはみな目をつむる。

その隙にリィラは掴まれていた腕を振りほどき、本を抱えて走り出した。

部屋から出るときに思い切り老婆にぶつかった。

「ごめ……」

見ると、老婆の顔は昼間に想像出来ないほど醜く歪んでいて。

この件には老婆が関わっているのだと、リィラは気付いた。気付かなければよかった。

走り出す。廊下を走って、玄関の扉を開ける。扉がぶつかりそうなほどすぐ近くに荷馬車が停まっていた。もしリィラが抵抗せずに来ていたらここに乗せられていたのだと理解した。

馬車の進行方向の反対に向かって走る。とにかく遠くに逃げよう。

背後から追っ手がくる音がする。待て、と言っている気がする。このままでは追い付かれてしまう。

あの馬車は一体どこに向かうのか。

「魔術が使える子どもたちを集めている」とは何だ。

魔力って───

「待て!!」

追っ手が迫っている。

「《火よ》!!」

振り返り様に追っ手に向けて火を放った。火のかたまりが飛んでいく。しかし、風の抵抗を受けた火のかたまりは、空気中に霧散する。

これじゃ駄目。まだ、まだ追いかけてくる。火の魔術じゃ駄目。もっと強力な……。

「《炎よ》!!!」

火の魔術のひとつ上、さらに威力を増した火が追っ手を覆う。

「なっ……熱っ」

追っ手は身体中にまとわりつく炎をあわてて振り払う。

「《炎よ》」

しかし、次いで放たれた炎に、服に燃え移った炎が消えずに火だるまになっていく。

行動不能だ。それを二人、三人と続けて───

火だるまが三人。リィラは遥か遠くからその火を眺めていた。それが消えるのも、消火を確認した彼らがリィラを諦めたのも。

───初めて。

初めて、誰かを傷付けるために魔術を使った。

魔術は、この魔力は、簡単に人を傷付けることが出来る。

思えば、善意で使おうとしても───

嫌な感情がわき上がってきて、リィラは必死に打ち消した。

そして、ここにはいられない、と思った。


逃げなければ。


再び走り出す。

逃げて、走って、逃げて、走って、逃げて───

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