第8話
老婆の家は街の表通りから少し外れたところにあった。
「さあ、テーブルにお座り。お嬢ちゃんはパイは好きかい? シチューは?」
「シチューは好き。パイは食べたことがないわ」
「そうかい。今から作るから、そこでくつろいでいていいからね」
テーブルからキッチンはわずかしか見えない。包丁の音や、鍋に入ったお湯の煮え立つ音なんかが、やわらかく聞こえてくる。
それらを聞きながらリィラは目をつむった。夢のようだと思った。
きっとわたしはこんな家族を、家を望んでいた。
料理が出来るのを待ったり、その食事をいっしょに食べたり。好きなものを聞いたり。団欒を過ごしたり。安心を得るような。
でもそれを壊したのは、まぎれもない自分自身だ。
膝に置いた本をぎゅっと握りしめ、リィラは穏やかな時間が過ぎるのを待った。
ミートパイとシチュー。それからサラダ。
会話からリィラ一人分の食事のようにも感じたが、老婆は向かいの席でリィラと同じ食事を楽しんだ。
誰かと食事すること自体が初めてのリィラにとってそれが何よりもうれしかった。
初めて食べたパイはサクサクで、アツアツで、舌を火傷しそうになったリィラを見て老婆は楽しそうに笑った。リィラもつられて笑った。
「とても美味しかったわ」
「それはよかった。お嬢ちゃんの明るい顔が見られて私もうれしいよ」
「何かお礼が出来たらよかったのだけれど」
「お礼なんていいよお」
リィラは何かできることがないかと本を開いて、数ページぺらぺらとめくった。
「その本、ずいぶん大事にしているようだけれど、何の本なんだい」
「ええと。魔力と魔術について、の本よ」
「……何の本だって?」
「魔力と魔術の本」
「魔術だって? お嬢ちゃん、魔術が使えるのかい」
「あなたも魔術を知っているの?」
「いいや……あたしは知らないね」
リィラはページをめくって考える。何かを直したり、元通りにしたり、それとも何かを作ったり? 祝福はただのおまじないだし、というか昨日失敗したばかりだし。何か魔術でお返しをするというのは良くないことなのかもしれない。
「魔術って珍しいのかしら?」
「そりゃあお嬢ちゃん……」
老婆は言葉を止め、何かを考えるようにテーブルを指の腹で何度か叩いた。とん、とん、とん。何を考えているのだろうか。声をかけようとすると、
「ぃよし! それじゃ食器を片付けるとしようかね」
「あ、私も手伝うわ」
「いいや。お嬢ちゃんはそこに座っていなさい。あたしがしたいことをしているだけだし、気を使わなくても大丈夫だよ」
老婆はテーブルの上にあった皿をトレイに乗せて、またキッチンへと姿を消した。
水の流れる音と食器のぶつかるカチャカチャという音が聞こえる。
「今、浮遊の魔術を使えばよかったのかも」
でも食器だから、落としたら割れてしまうのはよくないかも。
リィラはひとりごとをしつつ悩んでいた。
老婆に「行くところがないのなら、しばらくここにいればいいさ」と提案され、今日は老婆の家に泊まることになった。
「でもずっとお世話になるわけにはいかないので、明日の朝には出かけます」
「そんなに焦らなくてもいいのに」
そう告げると老婆は残念そうな顔をしながら泊まる部屋を案内してくれた。
客人用の部屋なのだろう。きちんと掃除がされていて、ベッドも綺麗だ。
リィラは昨晩寝ていなかったためか横になって数分もしないうちに眠りに落ちてしまった。
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