街へ

第7話

レスター家の土地は広く、また外界との境界である壁も高いため、リィラは外がどうなっているのか、よく知らなかった。

出てきてみてわかったのは、レスター家の土地のまわりは畑や麦畑が広がっており、その真ん中にどかんともぽつんとも言えるように、レスター家の建物が建てられていることだった。

つまり出ていくとは言えど、ここからしばらくは宿どころか建物もない。

作物が実っているわけでもなく、飲み水に適した水が流れているわけでもなく。

飛び出してきたのはあまりにも無謀とも言える。

けれど、もう戻ることも出来ない。

母からしてみればリィラは死んだって何ら問題ないのだろうし、もはやそちらのほうが嬉しいのだろう。

考えて、胸が締め付けられるように痛んだ。けれど涙は出てこない。

「……《水よ》」

呟き、手のひらの上に水を出す。一度目はコップ一杯分の水を飲み干し、二度目はその水で顔を洗った。

「よし」

何もよしじゃない。が、そう言ってもしょうがない。

リィラは一晩歩き続けて、街にたどり着く頃には朝になっていた。


街は朝から活気付いていた。

特に商店街の露店からは活気であふれる声が響いている。人通りもそこそこ多い。

リィラはそこを歩きながら、何度も人にぶつかりかけたり、ぶつかったり、お店の人に声をかけられてお金がないと断ったりした。

こんなにたくさんの人が多く集まっているのをリィラは初めて見た。もちろん、笑い声や楽しげな声だけではなく、怒号やら喧嘩やらの声も聞こえてきたが。それさえも活気のひとつだった。

「ふう、疲れた」

しばらく歩いて、ようやく人がいない道に出た。

街はどこもかしこも人だらけで驚くことばかりだ。

本を抱えて壁にもたれて座り込む。

ふう、と一息をつくとおなかが鳴った。

いつもならとっくに朝ごはんを食べている時間だ。もう使用人が厨房で食事を用意してくれるわけではない。自分でどうにかしなければ。

でもお金がそもそもなかった。稼ぐ手段もわからない。

空は青く、晴れ渡っている。でも、もしも、雨が降ったら?

今のわたしはどうするの?

途方に暮れていると、人影が現れた。

「こんなところで。どうしたんだい、お嬢ちゃん」

それはひとりの老婆だった。とても優しそうな顔をした老婆だ。

怖そうな人ではないことに安心して、リィラは思わず答える。

「これからどうしようかと、思って……」

老婆は目をぱちくりとさせて、それから何かを察したようにまた微笑んだ。

「お嬢ちゃんはどこから来たんだい?」

「言えない……」

「そうかい。大変だったねえ」

「……大変?」

「そんなに若いのにこれからどうしよう~なんて、そりゃまあ大変なことがあったんだろうよ」

「わかるの?」

「私にゃ何もわからないけどね。そんな人間はこの街にひとりやふたりじゃあないさ」

老婆の言葉は不安だったリィラの心を溶かしていった。

リィラのことを何も知らないのに今出会ったばかりなのに、この女性は安心する言葉をくれる。

「お嬢ちゃん、おなかが空いているだろう」

「うん」

「ならば家に来なさい。私がご馳走をしてあげるよ」

そうして、リィラは老婆の家に招かれた。

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