第4話
夜明けとともに目が覚めた。
カーテンを開けると陽が射してきてまぶしい。思わず目を細める。
昨晩のことを思い返しながらリィラはカーテンを見る。見間違いじゃない。破れていない、綺麗なままだ。
「嘘じゃなかったのね」
外は晴れていて、昨晩の雨は綺麗に上がったようだった。夕食のトレーを厨房に返しつつ、朝食をもらってこようと離れを出ると、本邸のほうがにわかに騒がしい。
「何かあったのかしら」
本邸に入らなければ、覗くくらいならいいだろう、とトレーを厨房の所定の位置に置いて、こっそりとにぎやかなほうへ向かう。
窓からこっそり覗いてみると、にぎやかな集団のその中心にはやはり母の姿があった。
「おめでとうございます!」
「おめでとうございます!」
母を取り囲む仕様人や神職の人たちが口々にそう言う。
つまり何かおめでたいことが母の身にあったのだろう。久々に見る母の姿をさらによく見てみると、何かを抱えているようだった。
「なんだろう、あれ……」
人に囲まれ過ぎていてよくわからない。一体何を……。
「何をしてるの?」
「わ! ち、違うの!」
突然、背後から子供の声がした。こんなに本邸の近くにいたら使用人に報告されて怒られてしまう。慌ててその場を離れようとする。
「あ、ちょっと待って。姉さん、だよね」
「え?」
姉。そんなこと言われたこともなかったが、自分はたしかに本当は母の第一子だ。リィラは子どもの姿をまじまじと見た。
清潔に切り揃えられた黒い髪。年齢より大人びて見えるこの子どもは最後に会ったときよりずっと大きくなっていた。
「あれ、ノーチェ?」
「うん。久しぶり、姉さん」
ノーチェはリィラのひとつ年下の弟だった。リィラが今よりもずっと幼く、まだ一人では暮らせないと判断されていた頃、乳母にはノーチェとともに育てられていたのだ。
しかし、リィラの存在はないものだとされてているため、「姉さん」であることを知っているのもノーチェくらいのものだった。表向きには彼が長男であり、第一子だ。
「姉さんがここにいるなんて珍しいね」
「あ、誰にも言わないでね」
「うん。言わない」
ノーチェが素直に大きくうなずいたのを確認して、リィラはほっとした。これで怒られることもないだろう。
「ところで何をしてるの?」
「あ、えっとね。何か騒がしかったから。何だろうとおもって。お母様、おめでとうございますって言われてるでしょう? 何かあったのかなって」
「ああ、それはね」
ノーチェもいっしょに窓を覗く。母は笑っていて。何かを抱えている。何を抱えているのか。一瞬、使用人たちが周りから捌けて、それが見えた。
「やっと、母様が認められる子が生まれたようだよ」
第八子。リィラからしたら12歳年下の妹。
「ああ、ついに……」
母の腕の中で眠る子ども。自分が叶えてやれなかった、母の待望の子。
「まあ僕にも、姉さんにも関係のないことだよ。これから母様はあの子にかかりきりになって、今よりももっと僕たちを見なくなるし……」
ノーチェはうつむきがちにつぶやいて、ちらりとリィラを見た。
「もっと、姉さんのことをいないものとして扱うよ」
ノーチェの言葉には当事者であるリィラよりもずっと強い感情が込められているようにリィラは感じた。リィラの現状をリィラよりもずっと、ノーチェは悲しんでくれているのだと、リィラは思った。
「ありがとう、ノーチェ」
「え、なんで」
「それなら、これまでと何ら変わりがないから、大丈夫よ。気にしないで」
「…………」
ノーチェはまたうつむいてしまって。
「…………」
リィラは姉らしく、ただ無言で彼の頭を撫でるしか出来なかった。
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