第3話

夕ごはんを食べ終わったら、厨房にトレーを戻さなくてはいけないけれど、この雨だ。明日の朝に晴れていたら朝食を取りに行くついでに戻してこよう。

そして今日はもう寝よう。

リィラはカーテンを閉めようと立ち上がり、窓に向かう。それからカーテンを引っ張る。

「ん?」

動かない。カーテンレールに引っかかってしまっているようだ。

「あれ、あれ?」

何度か引っ張る。すると少しずつ進んでいく。

「もうちょっと…………あ!」

強く引っ張りすぎたのか。カーテン自体が古いものだから少し脆くなっていたのか。絹を引き裂くような音とともにカーテンは破れてしまった。

「あ。あーあ……」

やってしまった、とリィラは落胆する。

天井近くのカーテンの破れ。派手にやってしまった。これは乳母に報告するしかない。またこっぴどく怒られるんだろうな、と憂鬱な気分になる。

というか換えてもらえるのだろうか。しばらくこのままだとしたら、上手く進まないカーテンレールもこのままだ。きっと今度はカーテンを開けることも出来ない。そうしたら外の風景も簡単に見られなくなってしまう。

ただでさえ家族との繋がりが薄いのに、ここから本邸の風景さえ見られなくなってしまったら、本当にひとりぼっちになってしまう。

それは嫌だ。

ふ、と。リィラは思い出した。

最近読みはじめた本のこと。

離れには本が小さな本棚ひとつ分程度置いてあった。子どもが読むような本は一冊もなかったが、多くは「創世神」の神話の本やこの国の歴史の本だった。リィラは特にやることもなかったので文字が読めるようになってからはそうした古い本を読み進めていた。

そして最近新しく本を発見した。発見した、というのはその本棚には置かれておらず、部屋の掃除をした際にベッドと床の隙間から出てきたからだ。

その本というのが今リィラが思い出した本のことだ。

魔力と魔術について。内容を説明するならそういった内容の本だった。今まで読んだどの本よりも読み込まれており、時折ページの隅にメモのようなものも見つけた。あまりに達筆で読めはしなかったけれど。

「魔力」の力の込め方。その方法。扱い方。それが「魔術」であり、使い道は多岐に渡る。

リィラは「聖力」が祈ることで力が振るわれるとは知っていたが、「魔力」はどう使えばいいのかは知らなかった。

けれど、結局は同じで、言ってしまえば「聖力」よりも柔軟だった。

例えば、何かを元通りに直すこととか。

リィラは急いでその本を手に取った。該当のページは……。

「あった」

まず魔力を込める。額の周辺、眉間の上の空間あたりに、球体が浮かんでいるイメージをする。

リィラは食事の前に祈る仕草をするときみたいに手を合わせ、指を組んで、胸の前に置いた。

すると目の前に黒色の影のような球体が浮かんだ。

「えーと、そのまま唱えるのよね」

破れたカーテンを見上げ、直るイメージと、元のカーテンの姿をイメージする。

「え、と。この力が対象に届くイメージで……」

呪文をつぶやく。

「《直れ》」

目の前に浮かんでいた影のような球体はふわりと浮かんで消え、次の瞬間、カーテンの破れた箇所はまるで逆再生をするかのごとくきれいに直っていた。

「すごい……」

見る限り、継ぎ目もない。完全に元に戻っている。

「すごい!」

私は「魔力」の力でモノを直せる! すごい! リィラは今度はゆっくりと丁寧にカーテンを閉め、まだ灯りは消さないまま、魔力と魔術についての本を読み進めた。

この力でもっともっと色々なことが出来るらしい。今はモノを直すために使ったが、例えばモノをつくることも、動かすことも出来る。ただ、それには強いイメージが必要らしい。難しい魔術こそ、強いイメージが必要だと書いてある。

読み進めて行くうちにリィラはふと、思った。

これが本当に魔術、「魔力」の力なのだろうか。

だとしたら、どうして───リィラは母に嫌われているのだろうか?

「それは、私が『間違い』だから」

間違いって、なあに?

今まで必死で消してきた疑問が浮かびそうになって、リィラは頭を振って掻き消した。

「……あー、もう寝よう。おやすみ」

灯りを消す。部屋は真っ暗になる。カーテンの隙間から、月明かりがとても明るい。

ベッドに横になって、目をつむる。つむっていれば、気付けば明日。

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