ひとりぼっちのはなれ

第2話

ぽたん、と音を立ててスープに水滴が落ちた。

雨が降ってきたのかと、リィラは空を見上げる。

既に陽が落ちて、暗くなり始めている空には確かに雲がかかっていて重苦しい雰囲気がした。これから本格的に雨が降るのだろう。

このままではごはんがずぶ濡れになってしまう、と食事の乗ったトレーを持ったまま足早に離れに向かった。

離れと本邸のあいだには道らしい道も屋根もない。

リィラとわずかな使用人たちが訪れるくらいなのだから無理もない。

肩で押すように全身で扉を開けて、中に入る。

「ただいま」

テーブルにトレーを置き、かろうじて薄明かりが灯るランプに火をつける。テーブルには椅子が一脚。他に誰も座ることがないからそれで十分。

「早く食べてしまわないと」

ひとりで呟いて、手を合わせ指を組み、祈るふりをしてからスープに口をつける。

厨房でもらってきたときはあたたかかったスープもパンも、すっかりぬるくなってしまっている。

咀嚼と嚥下を繰り返しながら、リィラはふと暗くなっている窓の外を見た。

本邸には灯りが灯っている。そこに家族やきょうだいがいることはわかっている。今は食事をしているのだろう。談笑でもしながら。

けれどリィラはあそこにはいけない。行ってはいけないと母に強く言われている。

『あなたは『間違い』なのよ』

そう。リィラは、母にとって、家族にとって、ここで働く人々やここに祀られている神を信仰する人々にとって、『間違い』そのものであった。

そしてそれはリィラが魔力を持って生まれてきた存在だからだった。


この世界は神がお創りになられた。

名前が残されていないため、ひとくちに「創世神」と呼ばれる彼は世界そのものや海や大陸を創られた後、この地に降りられたという。

そして彼は我々人間をはじめとした生命を造る際、光の中で生きる生命にしようとお考えになった。

しかし、生命は暗闇の中で生きるべきだと主張した「影の神」と意見が食い違い、殺されかけてしまう。

創世神は最後の力で創った生命に「光に愛される」という性質をお与えになり、よってこの世界と生命は誕生し、はじまったのだ。


この「創世神」が降りられた地、そして最後の力で訪れた地こそ、リィラが生まれてきた国だった。

その国の中枢にある社に「創世神」は丁重に祀られている。

リィラはその社を長年守り受け継いでいるレスター家に生まれた。

リィラの母をはじめとしたレスター家の一族は「創世神」を祀った人間の子孫であり、ご先祖様が代々守り続けている社をまた後世へと受け継ぐための仕事をしている。

そしてレスター家の一族、特にとある特徴を持った女性には特殊な能力があった。

それは「祀られた「創世神」と対話が出来る」ということ。

その能力が突出している者は「巫女」と呼ばれ、大きな権力と発言力を得る。

現在の「巫女」こそがリィラの母だった。

母は自らと同じく「巫女」となれる性質を持った女の子を授かりたがった。

そして第一子に女が生まれることがわかり、大いに喜んだ──のも束の間。

生まれたのはリィラだった。

たくさんの人に見守られ、望まれるままに生まれてきたリィラは、母の腕に抱かれた瞬間に母に拒絶された。

リィラが持って生まれてきた力が『魔力』だったから。


魔力。それは「巫女」が持つ力ではないもの。持ってはいけないもの。

「巫女」となれる性質を持った人間には「聖力」が宿る。

この「聖力」と「魔力」は相反する力であり、聖力が神に愛される純粋な力、光の力だとすれば、魔力は神を滅ぼした力、闇の力だった。

「何この醜いものは」

母は生まれたばかりのリィラにそう言ったという。

優秀な「巫女」であった母はリィラを抱いた瞬間に、リィラには聖力が欠片もないこと、そして豊富な魔力があることがわかってしまった。だから拒絶した。

リィラを生まれなかったことにした。

母乳も与えない。子育てはせず、最低限は乳母に育てさせ、本邸にも近付けさせない。生活は離れを使うように命じた。

そのくらい、母は魔力を持ったリィラを拒絶した。

拒絶されてしまったのならしょうがない。

リィラは、母が言う通りに、自分は「間違い」なのだと、何度も言い聞かせていた。

「間違い」だから、なんとかして「間違い」でなくなる方法を探さなければ。あるのだろうか。いやきっとあるはずだ。

そうじゃないとどうしても寂しいから。

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