第60話

一向に治る気配がない。



相変わらず叶斗は仕事。



「千花様、本日も置いておきますね」



薬を取る素振りを見せない私に、何度か私を呼ぶ。



「千花様」



「…」



「千花様!」



声を荒らげて言われ、眉を顰める。



「申し訳、ありません」



仕方なく薬を取り、飲む。



もう、ほっといて欲しい。



薬を飲み込み、テーブルに置かれた紅茶に手をかけた時、また吐き気が襲った。



間一髪でぶちまけずに済む。



「…ぁ、ぁ……ッ」



何故吐いたのか…。



ただ薬を飲んだだけなのに。



「千花…様、」



後ろで心配そうに声を掛けられる。



身体が受け付けないのか…。



笑えてくる。



薬さえ飲めないとは…どうしようもないな……。



もう、どうにでもなれ。






* * *






私は部屋のもの全てを壊しにかかった。



椅子、ベッド、棚…私が気に入ってるガラステーブルまで、自分の手で壊した。



止めようとしない朱羽も、馬鹿だと思う。



最後に壊したガラステーブルの1番鋭い破片を手に取る。



これで死ねるかもしれない…。



だけど、これだけじゃ死ねないかもしれない…。



朱羽に背を向け座っているため、私が今から何するのかは知らない。



私が覚悟を決め、力の限り手首を切ろうとした時、名前を呼ばれた。



「……千花」



その声に手を止める。



「…全てお前がやったのか?」



そう言って私に近付いてくる。



私は咄嗟に破片を叶斗へ投げつける。



来ないで…近付かないで……。



私の投げる破片なんて気にせず、歩いてくる。



目の前に来た叶斗を見上げる。



私はどんな風に映っているのだろう…。



汚い…醜い……邪魔な存在な私を、なんでその目に映すのか…。



しゃがみ込んだ叶斗と、目線が合う。



暫く見つめ合った後、ゆっくりと私に触れる。



拒絶反応はなく、頬に置かれた手。



「…やっと……触れられた」



嬉しそうにそう言う叶斗。



私は叶斗に口の動きだけで伝える。



『き・え・て』…と。



「それは出来ねぇよ…」



頬にある叶斗の手を振り払う。



「どんな千花でも俺は愛しているから…だから、右手に持つ破片を捨てろ」



私の右手に、叶斗は左手を添えてきた。



「千花」



そんな風に名前を呼ばないで…。



壊れ物に触れるみたいに、そんな声で言わないでよ…。



「…ッ」



私は右手を振り下ろし、破片を自分の足に刺した。



血が出てもお構いなしに、強く差し込む。



「…泣くのか、刺すのかどっちかにしろよ」



困り顔で私の顎を掴む。



泣いてなんて…いない。



「俺がお前をそうさせたのか?」



私の右手は止まり、ゆっくり顔を上げ叶斗を見る。



「…俺のせいか?」



視線だけ逸らす。



叶斗が悪いわけじゃない。



私がこんなんだから、嫌われるんだ…。



叶斗にとって、私は必要なの?



「っ……ッ」



縋るように叶斗の服を掴む。



涙を拭う手を振りほどきたいけど、やっぱり叶斗しかいなくて…。



「…本当にごめんな」



私に謝んないで…。



叶斗は何も悪くない。



私が生きてる事がいけないの…。






* * *






愛をくれた叶斗から、私は離れられなくなった。



叶斗の愛し方を知ってしまったら、それでしか生きられないから。



どれだけ傷つかれようが、壊されようが、私の心は叶斗でしか埋められない。




どうか…どうか……叶斗をカエシテ。

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