第56話

「……知り合い、かな?休憩30分延長していいから、とりあえず彼を外に連れ出してもらっていいかな?」



主任に声を掛けられてハッと我に返り…私にしがみついている遥馬を引き剥がした。



悲しそうに目を潤ませる遥馬の腕を掴み、「すぐに戻ります」と主任に頭を下げてから、早足で病棟を後にした。




「ツムちゃっ、、待って……速いよっ」




なんて甘ったれたことを言ってくる遥馬をもちろん無視して、病院の外まで連れ出してからようやく足を止めて向かい合って顔を見つめる。




「──…なんの用?」




あれほど愛おしかった遥馬に久しぶりに会えて、まず第一声出てきたのは自分でも驚くほど低い声だった。




「あ…ごめん、やっぱり怒ってるよね」



言いたいことは沢山ある。ひどいことをされたし許せないと思うこともいっぱい…ある。─…でも




「……元気そうで、良かった。あの後どうなったのか心配だったから…無事、生きてるなら…それでいいから、、もう会いに来ないで」




顔を見られて良かった、とは思った。あのヤクザたちに追い回されたりケガをさせられたりしていないか…という不安はあったから。




無事でいてくれたならもうそれで、いい。




「じゃあね」と背を向けて立ち去ろうとした私を、後ろから抱きしめてきた遥馬。その行為が思いのほか嫌悪でしかなくて…思わず強い力で突き飛ばしてしまった。




「っ…ツムちゃん、俺……ツムちゃんが居ないとダメみたい。ちゃんと真面目に働いて、一生かけて償うから…また、俺と一緒に暮らさない?」




捨てられた仔犬、まさにそんな例えがピッタリだと思った。目を潤ませて私を見つめる遥馬を見て心が傷まない訳では無いが─…二度も騙されるほど私も馬鹿では無い。




「……ごめん、もう遥馬とは一緒に暮らせない。新しい家を教えるつもりもない。もう会うつもりもないから…二度と私の前に現れないで。」



「そんなっ…ツムちゃん、」



「これ以上っ、私を失望させないでよ。遥馬を好きになったことを後悔したくないからっ……」




遥馬が押し黙ったのを確認して、今度こそサヨナラだ…っと背を向けて駆け足で彼の元から立ち去った。




──…だから、







「……勝手なこと言ってんじゃねぇよ。俺、別れたつもりなんてないからね?また帰り…迎えに来るから、話し合おうよ…ツムちゃん」





なんて、走り去る私の背に向かって遥馬が呟いていたことに気付くことはなかった。

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