第50話

そのまま手を伸ばしてきて私の顔にかかっている前髪を横に流す新次郎さん。その手つきがとても優しくて…泣いてしまいそうになる。




「…んだよ、なんか嫌なことでもあった?話しくらいなら聞いてやってもいーけど?」




その場に座り込んだ彼は私の顔を覗き込むようにして首を傾げる。─…ほんと、綺麗な顔だなぁ。




「……特に、ないです。それより…遅くまでご苦労さまでした…おかえりなさい」




嫌なこと…というのか分からないが、嬉しい出来事ではなかった。でもそれを本人に話す勇気なんてないし、それはタブーだと分かっているから…なにもないと答えるしかない。




「へぇー…そう、ツムは俺に隠し事するんだ」




──…ツムは、



って、誰と比べてるの?……なんて聞かなくても分かる。あの女子大生はきっと隠し事したりせず何でも彼に話して甘えるような…可愛らしい女の子なのだろう。





「あー…めんどくせぇな。俺…風呂入ってくるからその間にいつもの紬葵ちゃんに戻って待っててよ」




面倒だ、と言い残し寝室を出ていってしまった新次郎さん。ほんと…嫌になる。ダメだって思えば思うほど…彼のことを知りたいって…そんなふうに思ってしまう。

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