第83話

『本当にすみません…』


会社のロビーまで見送ると、マリーさんは友達の顔になる


「いいのいいの。大丈夫?」


『全然大丈夫です』


呆れたように笑ったマリーさんの細い手がおでこに触れる


『いい匂い』


指先からローズの匂いがする


「ちょ、熱あるじゃないの!」


『え?本当ですか?』


「ええ!気付かないの!?」


『あはは、すみません。鈍くて…うつるといけないので離れてくださいね!』


「帰りなさい!」


『本当お姉さんみたいですね』


「お姉さんだからね。早退しなさい」


『上司と相談してみます。本当にすみませんでした』


「気にしないで。じゃあお大事にね?」


『ありがとうございます』


マリーさんの姿が見えなくなった瞬間、気が抜けてロビーの椅子に座り込んだ


言われてみると熱がある気がしてくる


「一ノ瀬?どうした?」


声をかけられて顔を上げると、夏川先輩が心配そうな顔で見ていた


「具合悪いのか?」


『あ、すみません。ちょっとだけ』


「顔色悪いな」


夏川先輩の手がおでこに触れる


営業から帰ってきたのだろう


外の冷たさで手が冷えきっていた


『気持ちいい』


「バカ。熱あるぞ。立てるか?」


『あ、はい。大丈夫です』


マリーさんと言い夏川先輩と言い、そんなに歳は変わらないのにとても包容力がある


「頑張りすぎだ。マリーさんとのコラボ企画も思った以上にハイペースで進んでるしな。今日はもう帰れ」


『ありがとうございます』


「ちょうどこれからまた外に出る。車で近くまで送っていってやるよ」


『いいんですか?』


「いいよ。身支度終わったら待ってろ」


『はい』


やっぱり夏川先輩は優しくて素敵な人だ


私はこんなに素敵な先輩になれているだろうか

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