第62話

「さてと、そろそろ帰るか」


マリーさんのことだけ話して、冬弥は腰を上げた


私は掛けてあったパーカーを取って冬弥に渡す


「…離れたくないな」


切ない声に、胸がキュンとする


パーカーを羽織って玄関まで行くと、冬弥は背中を向けてドアを開ける手を止めた


数秒シンとした時間が流れる


「…友梨」


『ん?』


「情けないこと聞いていい?」


『…うん?』


ドアノブを握る手に力が入れられている


「俺のどこが好き?」


その質問に、私はハッとした


冬弥も私と同じことを考えている


私は一般人だから、こんな私のどこがいいのか気にしてしまう


でも冬弥は、芸能人だからこそ…気にしてしまう


住む世界は違っても、同じなんだ


自分の纏ったものではなく、自分自身を愛してほしい


必要としてほしい


『私は…』


「…」


伝えようとした

ちゃんと好きだと…


でもタイミングよくポケットの中で震えた冬弥のスマホによって、私は口を閉ざしてしまう


「あー…タイミング悪いな。ごめん。今のナシ。気にしないで」


『え…うん…』


「じゃあな」


『…おやすみ』


バタンと重たいドアが閉められて、私は玄関に立ち尽くす


このまま言わないでいいの?


やっぱりいいと言われたからって言わなくていいの?


本当に無かったことにしてほしそうだった?


本当の冬弥は…

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