第57話

中々こないタクシーを待つ


「クシュン!」


冬弥に会った日からタクシー運がない気がする


歩いて帰るのは遠すぎる


溜め息をついて俯いた時だった


―プッ


『?』


クラクションを鳴らされて顔を上げた


「友梨?」


『冬弥…』


私の前に止まったタクシー


その後部座席に冬弥が乗っていたのだ


冬弥がタクシーを降りて駆け寄る


「何だ?雨でも降ったのか?」


そして私に自分の着ていたパーカーを着せてくれた


「タクシー待ってたのか?乗れよ」


『ありがとう…』


まさかこんなところで冬弥に会えるとは思ってなかった


冬弥からはほのかにお酒の匂いがした


私はお言葉に甘えて冬弥の乗ってきたタクシーに乗り込んだ


タクシーの中の暖かさと、冬弥の着ていたパーカーのぬくもりで体がポカポカしてくる


冬弥は運転手に私の家の住所を告げた


『ごめん、どこか行くところだった?』


「いや。帰るところ。どうしたほんと?雨じゃないよな?」


『ちょっと仕事で…』


「ずぶ濡れになる仕事してたっけか?」


イタズラに笑うその笑顔に何だか安心する


隣に座った冬弥は、何度もあくびを繰り返した


疲れてるんだろう


『あ、もうここで大丈夫です!』


「え?」


早く家に帰してあげたくて、私は自分の家の手前で運転手にそう告げた


タクシーが止まって私が財布を取り出すと、冬弥は私の手を握った


「すいません、さっき言ったところまで行ってください」


「はい」


再び走り出すタクシー


『いいよ、悪いから…早く家に帰りな?』


「一緒にいたくないの?」


うっ

またそうやってズルいこと言う


男らしいくせに、ちょこちょこ見せる甘え上手な面


冬弥には敵わない

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