第52話

マリーさんに指定されたスタジオに入ると、真希は目を輝かせてキョロキョロと辺りを見渡した


『真希、キョロキョロしないで』


「だってだってあの人がいるかもしれないよ?」


『いないから』


「わかんないでしょー」


たくさんの大きな機材を運ぶ人の横を、肩を縮ませて通り抜ける


「あ、一ノ瀬さん」


廊下の先にマリーさんの姿があって、私と真希は頭を下げた


手招きされて撮影現場に通される


椅子に腰掛けたマリーさんの横に膝をついてスケッチブックを広げた


「やだ。椅子に座って?」 


そう言ってマリーさんは私と真希に椅子を用意しようとした


しかしマリーさんが引いたその椅子を渡さんとばかりに座った女性がいた


ドカッと座り、もう1つの椅子に細い足を高いヒールごと乗せた女性を見て、真希が耳打ちをした


「早川凛だ」


早川凛

マリーさんとは対象的な、今時のギャルと言ったほうがいいだろうか

彼女もまた、お茶の間で人気のモデルさんだ


「凛ちゃん。その椅子貸してくれないかな?」


マリーさんが笑顔でそう告げると、早川凛は髪の毛をくるくるしながら鋭い視線を向けた


「誰?」


「X&Cのデザイナーさん」


X&Cとは私達の社名、ブランド名だった


そう紹介されたので頭を下げると、早川凛はプイッとソッポを向いた


「この椅子はモデルに用意されたものですよぉ?こんなところにデザイナー呼びつけてどういうつもりですかぁ?自慢?」


まるでTVで見るのとは違う態度


でもマリーさんは黙っていなかった 


「凛ちゃんさっきまで向こうに座ってたよね?飲み物だって向こうにあるし」


「あたしがどこに座ろうが勝手でしょ?おばさん」 


おばっ…

うわぁ…一般人の私達がここにいるのに気にしないんだ


『あ、あの、マリーさん!私達は大丈夫ですから!』


慌てて止めた私を見つめたマリーさんの目


その目を見た瞬間、胸が締め付けられた


言い返したい


でも何も言えない


そんな目をしていた


私の頭に、昼間のマリーさんの言葉が蘇る


"大人でも可愛く"


やっぱりこの人は悪い人じゃない


直感的にそう思った

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る