第8話

「いらっしゃいませー」


結局私は悲しげな声に負けてしまった


でも連れて来られたのは普通の個室居酒屋で、周りの目こそ届かないものの、何かあればいつでも逃げれる場所だった


「何頼む?好きなの何でも頼んで」


『じゃあビールで…』


「食い物は?」


『焼き鳥で…』


「あとは?」


『お刺身とお新香で』


「ぷっ!オッサンみたいだな」


顔を隠したまま注文を終えて、次々に料理が運ばれてくる


全てのものが揃った時、顔を覆ったキャップ、サングラス、マスクをはずした


その顔を見て私は目が点になった


「じゃ、乾杯しよ」


『…あ…あの、…え?え?』


声にならない声を聞いて、目の前の人は微笑んだ

私はこの人を知っている

ううん

私だけじゃない

きっとここの居酒屋にいる人も、街中の人も、みんな知っている


「その反応は本当に俺とは気づいてなかったんだ」


『と、ととと、冬弥…さん?black outの…冬弥!?』


「正解」


人生で1番驚いた瞬間

でも周りにバレてはいけないという冷静な思考回路で、小声で叫んだ


「驚いた?」


驚くなんてもんじゃない

私の目の前に座っているのは、今1番人気のロックバンド、black outのボーカル冬弥


その容姿の人気はもちろん、男らしく甘い声で歌われるラブソングは毎週歌番組上位にいる


そんな人が…私と飲んでる?


「じゃあ乾杯」


震える手でビールジョッキをぶつけ合った

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