静かにしないといけない時に、必殺技の名を叫び俺とりんの手を離した翠。


頭がおかしくなったのか?一瞬そう思った。

そしてその考えは間違っていないと数秒後に思い知ることになる。

翠は俺たちの手を離し、その場で高く飛びくるっと前宙すると捨てられた女の頭のど真ん中に強烈な踵落としをお見舞いした。


鈍い音とともに女は床に倒れて顎を打ち付ける。


「決まったぁぁぁあ!!!!

逃げるぞー!!!!」


翠は大喜びして俺たちの手を再び取り廊下を走り出す。

俺とりんは翠を間に挟んで、顔を見合わせ困惑を共有していた。


「しっかし頭の硬い女だな!

全然割れなかったし血も出なかった。

前、裏の森で熊に襲われた時は熊が即死したのに!」

 

「熊が……?」

「即死、だと?」


俺とりんは聞くこと一つ一つに驚かされる。


「ま゛でぇぇぇえっ!!!!!!!」


後ろから聴こえる金切り声に俺たちは振り返る。

熊を殺す一撃なのに全くの無傷とはどういうことだ?


「ただ怒らせただけじゃないか!!!

どうするんだ!!これから!!!」


いつまでもこの屋敷の中を逃げ回れる訳じゃない!


「今考えてんだよ!

大丈夫!何とかなるって!」


翠!お前は本当に怖いもの知らずだ!!


「あ!!そこ右!右に曲がって!!!」


俺と翠が話しているとりんがいきなり廊下を右に曲がれと言う。



「こっちだな!」


翠は俺たちと手を繋いだまま右へ曲がった。


「りん!何かあるのか?」


俺がりんに聞くと、りんは目をきらきらさせたまま勝ち気に笑った。


「うん!私に任せて!」


一体こんな土壇場で何を思いついたんだ?


「翠!一度手を離して!」


りんがそう言ったのは俺たちが廊下を抜けて縁側にたどり着いた時だった。


「はいよ!」


翠が手を離した瞬間、りんは左にあった襖を開けて部屋に入る。


そして…


「これでも……食らえー!!!!」


かなり高そうな壺を手に取り、部屋から出てきて俺たちの後ろに突っ込んできた女の頭めがけてその壺を投げた。


ガシャーンッ!!!!


「ぐえっ!!!」


女は無様な悲鳴を上げて白目を剥いてぶっ倒れた。


「おぉ!!!りんすげぇな!!!!」


それを見た翠は大喜び。


「あぁ…本当にすごい。」


俺はとにかく驚いた。

まさかりんにここまでする度胸があったとは。


「私だってやればできるのよ!」


りんが嬉しそうに笑っていて可愛いし俺も嬉しい。


でも………


「あの壺…高そうだったけど大丈夫か?」


俺はそこが気になって仕方がない。


「「……………。」」


二人は俺の疑問に黙り込んだ。


「だ…大丈夫に決まってんだろ!

命の方が大事だからな!」

「……まぁ…そうだよな。」


遊雷様と雷牙様にその言い訳が通ればいいが。


「だ、大丈夫だよ!

遊雷は優しいから許してくれるよ!……多分。」

「「………。」」


一気に不安になってきた。


「だ…大丈夫だって。

て言うか、コイツがやった事にすればよくね?

実際、コイツの頭にぶつかって割れたんだし、自分から突っ込んで割れたことにしときゃ大丈夫だろ。」


翠、お前かなり無理なこと言ってるぞ。


「そ、そんな事言ってもこの人が起きて遊雷に泣きついたら終わりだよ?

私が正直に言うよ、そもそも遊雷に嘘なんかつけないだろうし…。」


りんはしゅんとしていた。

これは可哀想だな。

壺は割れてしまったが…


「りん、本当に見事だったぞ。

あんなに上手に壺を投げた女は見たことがない。」


ちゃんと褒めてやらないとな。

りんが壺を投げなかったら俺も翠も酷い目に遭っていたはずだ。

俺の言葉を聞いたりんは少し照れてはにかんだ。


「そうそう、いい事だけ考えようぜ。

そしてあの女縛っておこう、起きてまた突進されたら大変だし。」


翠によって始まった鬼ごっこはこうして幕を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る