雷牙

苦無を辿り三時間が経った。


「またハズレか。」


俺と兄様はあまりの見つからなさにため息が出る。


「僕たちもしかしておちょくられてる?」


いや、違うだろ。


「必死に逃げているんだと思うぞ。

ほら、爪ももう八枚目だ。」


気配を辿って行った先々にりんと白を襲った者の爪が一枚落ちている。

これは俺たちを撹乱させるためだろう。


命を捨てるくらいなら爪くらい容易に剥がす、そう捉えるのが妥当だ。


「手の爪がなくなったら今度は足に行くのかな?」

「あぁ、そうだろうな。」


この者の生への執念は凄まじいように思える。


「へぇ……。

そんなに死ぬのが怖いんだ…。」


兄様、なぁ、兄様。


「頼むからやめてくれ。」


「僕まだ何も言ってないし、してないよ?」


兄様はニコニコとわざとらしく笑って見せた。


「あぁ、"まだ"な。

でもどうせすぐに何か良からぬことを実行するんだろう?

兄様が閻魔様顔負けの笑みを見せる度、決まり事のように地獄よりも恐ろしい惨状が広がる。」


そしてその始末をするのは俺だ。


「大丈夫だよ、雷牙。

僕、基本的には優しいから。」


「りんにだけだろう。」


「りんには特別に優しいんだよ。

ちゃんと分かってもらわないと困るなぁ。」


優しさの意味を今一度勉強し直したほうがいいだろうな、兄様は。


「あぁ、もうわかった。

それよりどうする?

本人の気配はかなり近くなってきているから気合いを入れて探せばすぐに見つけられると思うが。」


兄様はすぐには見つけないと言うだろう、賭けてもいい。


「僕らの事を心底怖がってるんだからこんなに早く見つけたら可哀想だよ。

もう少し後で見つけてあげよう?」


ほらな。


「どうせなら、爪を全て剥がすまで待ってあげようよ。」


兄様は嬉しそうに提案した。


見つけようと思えば見つけられるのにあえて見つけず、最後まで痛いことをさせてから恐怖のどん底に突き落とすんだな、よくわかった。


兄様らしいな。


かなり気の毒ではあるが、りんと白をあんな目に遭わせたんだからこちらが虐めても問題ないだろう。


「分かった、お優しい兄様の言う通りにしよう。」


恐怖を味合わせる事では兄様の右に出る者がいないからな。


その後、だらだらと兄様と二人で話しながら奴を見つけた。


ちなみに、爪が十二枚の時に既に見つけていたんだが…


ーせっかく綺麗に剥がせてるんだからこの爪で首飾りでも作ってアイツの首にかけてあげようよ。

あぁ、僕って本当に優しいよね。

雷神に生まれるんじゃなくて平和の神にでも生まれればよかった。ー


との事でやっぱり優しさの意味は分かっていなかった。 

そんな俺たちは今森の奥深くの小さな洞窟の前に立っている。


ついに、鼠を追い詰めた。


「どうする?火でも放つか?」


出入りできる所は今見ている所しかないだろうし手っ取り早く決着がつく。


「野蛮な考えは駄目だよ?

もっと優しくしてあげて?」


どの口が言ってるんだ、兄様。


「じゃあどうする?

その作り笑いで誘惑でもする気か?

俺なりの優しさで教えておくが兄様の笑顔は胡散臭すぎてとても心には響かないぞ。」


俺が本心を言うと兄様は笑った。


「酷い言われようだなぁ。

僕が誘惑なんて事するとしたらりんだけだよ。」


いらん情報だな。


「僕は優しいから、怖がりさんを陽の光の下へ引っ張り出してあげようと思うんだよね。

ほら、暗いところって怖いでしょ?

手足も痛いだろうし不安だろうから。」


兄様は話しながら洞窟の方へ手を翳した。


大方、神力で引っ張り出すんだろうと思っていた。

もちろん、そんな考えは甘いと数秒後に気付かされる。


「うーん、この辺りかなぁ…。えい。」


スパッ、と何かが切れる音がして大きな物が移動する重低音が鳴り響く。


ゴゴゴゴゴ…!!!!


鼓膜を揺らすのはそんな聞き慣れない音だ。


そして目の前の光景に俺は白目を剥きたくなっている。


「兄様。」

「んー?何?」


何?じゃない、いい加減殴るぞ全力で。


「何で洞窟を真っ二つにしてるんだ?

頭が沸いてるのか?」


「全く気の利かない男だね、雷牙。

手足が痛いんだから歩いて来させるなんて可哀想でしょ?

最短でお日様を浴びせてやってるんだからきっと泣いて喜ぶはずだよ?」  


「なっ…何で…!!!

そんな…!!!!」


あぁ、確かに泣いているな。

思ったよりも小柄な男だ。


「あ、みーつけた。」


もちろん恐れ慄き怯えながら。


「こんな暗いところにいたら体に悪いからね。

これでゆっくりお話しできるねー?」


兄様は腰を抜かして縮こまる男に容赦なく近づいた。


「さて…。」

ドカッ!


兄様は男の顔面に一撃、強烈な蹴りを入れた。


「いろいろ話してもらおうか。

安心して?絶対に殺しはしないから。」


男はその言葉にガタガタ震え始めた。


殺しはしない…。

裏を返せば、どんなに苦しんでも死なせてやらないと言う事。


兄様は言葉通り地獄を見せるだろう。


この男が拷問に耐えかねて全てを洗いざらい話したその後でもな。

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