りん

背中が、ズキズキする。

呼吸をするごとに痛みが広がり涙が出てしまった。


「りん、大丈夫だよ。

痛くないように抜くからね。」


遊雷はそんな私を見て優しく囁く。


「ねぇ、りん。

"僕が起こすまでずっと眠ってて"。」


体の奥に走るもう一つの甘い痛み。

この痛みは嫌いじゃなかった。

むしろ、心地いいとすら思う。


私は遊雷に言われた通り、すぐに眠りにつくことができた。

眠りについた瞬間、懐かしい景色にゾッとする。


「ここは……。」


私が生前住んでいた集落だ。


なんで私ここにいるの?

遊雷は?

あれ?背中の傷は?

私は焦って飛び起きた。

遊雷の広い部屋の半分もないこの家で私は右往左往する。


慌てて外へ飛び出て状況はもっとわからなくなった。


「え…?」


どうして?なんで?

私の家以外、全て燃え尽きていて周りには以前の私よりもボロボロの着物を着た集落の人間達がいた。

みんな、見る影もなく痩せ細っている。


もっと驚いたのは…


「おい!やっと死んだぞ!」

「肉だ!!やっと食いもんにありつける!」

「退け!俺が先だ!!」

「あんたはこの間食べただろ!!」

「黙れ!!女が男に口答えするんじゃねぇ!!」


集落の人間が、寄って集って痩せた男の死体を取り合っていたこと。


会話を聞いていてなんとなく分かった。

これから共食いが始まる。

人集りから少し離れたところには子供が一人。


ガリガリに痩せ、呆然と立ちたくしているのは生前私の事を散々いじめていたゲンだった。


「父ちゃん……。」


ゲンはこの世の地獄でも見ているような顔だ。

そんなゲンに一人の若い男が近寄る。


「可哀想になぁ…ゲン。

この間は母親が食われて次は親父か…。

一人きりで寂しいだろう?」


優しい言葉をかけているように思えた。


でも、男は片手を背に隠しその手には大きな石が握られてるいる。


「二人のとこに連れて行ってやろうなぁ?」

「え…?」


男はニヤリと笑って、戸惑うゲンの頭目掛けてその手を振り下ろす。




ゴツッ!!

「ひぎっ!!!!」


ゲンの額はザクロみたいにかち割れて地面に倒れ込んだ。


「あはは!!!!

いつも威張り散らして腹の立つガキだったんだ!

ざまぁみろ!!!!!

お前も親父みたいに食ってやるからなぁ!!!」


男は狂ったように笑い出し、踊り出す。

一方私はそんな恐ろしい状況を目の当たりにして腰を抜かしてへたり込んでいた。

それ以上見ることは出来なくて俯いていた。


少し先では相変わらず不快な音が聞こえる。

何かを引きちぎるような音だ。

何かを、なんてもう分かりきってる。


今引き裂かれているのはゲンだ。

気分が悪かった。


私はあの子が嫌いだったし、あの子がどうなろうとどうでもよかったのに…


いざ、惨めに殺されているのを見ると同情心が芽生えていた。


殺す事ないのに…まだ、子供だったのに。

胸の奥がずんと重くなり苦しい。


そんな私を誰かの逞しい腕が軽々と持ち上げた。


「りん、どうしたの?」


遊雷だ…。

私は遊雷にしがみついた。


「んー?りん、どうしたの?

もしかして怖かった?」


しがみついたまま頷くと、遊雷も抱きしめる力を強くしてくれる。


「大丈夫だよ、りん。

僕がずっと一緒にいるからね。」


ずっと、なんてまた嘘をつく。

知ってるのよ?

桜華様が好きなんでしょ?


桜華様の方が好きだから、さっき私の事を見ることもなく桜華様と行ってしまった。


それなのに遊雷は私を縛る約束をした。

神様って本当に訳が分からないよ。


「遊雷、ずっとは無理だよ。

遊雷は桜華様と夫婦になるんだから。

どうして私の事を手放さないの?」


私がそう聞くと遊雷は少し笑った。


「りんは僕のだから。

手放す?そんなのありえないよ。

ずーっと、一緒にいようね。」


嬉しそうな声だ。

ご機嫌なのね、遊雷。


「ねぇ…返事は?」


一気に低くなった声。


遊雷は私の顔を見るように、私を腕の力だけで引き離した。

抱かれたまま、無表情で少し首を傾けた遊雷。


「ねぇ、りん。

返事は?僕とずっと一緒にいるんだよね?」


これを否定したら終わりだ、本能でそう悟った。


「う…うん、でも、無理だよ……。」


私がおずおずと答えると遊雷は嬉しそうに笑みを浮かべる。


「僕が桜華を妻にすると思ってる?」


遊雷は突然おかしなことを聞いてきた。


「うん…、桜華様と夫婦になるんでしょう?」


そんなの、私が一番よくわかってるのにわざわざ聞くなんて。


「ならないよ。

僕は妻なんかいらない。」 


「え…?」


妻はいらない?


「僕はりんとずーっと一緒にいるから妻なんていらないんだよ。

それにね、神は祝言を挙げたら贄同士も夫婦にする決まりがある。

りんは誰にもあげないって決めてるから、僕は絶対に妻なんか娶らないよ。」


期待が胸いっぱいに膨らんでしまう。


私を誰にも渡したくなくて、誰とも祝言を挙げないなんて。


そんなの…


「////////」

「真っ赤だ、可愛いー。」


私のことが好きみたいじゃない。


「りん、嬉しいの?

僕にこんなに縛られてるのに。」


答えていいの?

素直に言っていいの?

私は恥ずかしくなって遊雷から少し目を逸らした。


「りん、どっち?答えてよ。」


答えていいんだよね?

いいよね?だって、神様が聞いてくるんだから。

私は本当に小さく一度だけ頷いた。


すると景色は一変して遊雷の部屋になる。

私は相変わらず遊雷に抱かれていて、その遊雷はすごく嬉しそうに笑っていた。


「りん、大好き。」

「///////////」 


「…え?」


な…なんて言った?

今、遊雷が言ったのよね?

私のこと…


「大好き…?/////」


「うん、だーいすき。」


やっぱりだ、やっぱり言った。


「////////」


「だから、ずっと一緒にいようね。」


嬉しくて胸の奥がきゅっとする。

こんなにも満たされた気分になったのは初めてだった。

遊雷の言葉に素直に喜べる日が来るなんて思いもしなかった。


「……うん//////」


私の精一杯の答えを聞いて遊雷が私に口付けする。

今までしてきたどの口付けよりも甘い。

人は幸せで満たされると涙が出るらしい。


やっぱりこの思いは抑えられない。


私は遊雷が好き。

大好き、愛してる、ずっとずっと一緒にいたい。

私も遊雷みたいに、あなたを縛れる力があればいいのに。


神様っていいな、本当に羨ましい。

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