遊雷

りんがこの邸から出てからすぐの事。

桜華が両親に僕らの話した内容を伝え終わった直後だった。


「っ!!!」


「兄様?」

「遊雷様?」


体の一番深い部分がビリビリと痛み始めた。

まるで、僕の中にある何かを裂いているような嫌な感覚。

初めての体験で気がつくのに時間がかかった。


これは…"約束破り"の痛みだ。


僕から離れないと約束したのに、それを破ろうとしている。


言葉に出して言ったんだ…


僕から離れる、って。


言いようのない怒りに支配されて、気が付けば一瞬でりんを見つけて新たな約束をさせていた。

これでもうりんは僕から絶対に逃げられない。

僕の言うことは何でも聞くようにしたから。


これでもう、りんは永遠に僕のもの。

なのに………


「ねぇ、いつまでりんの手を握ってるの?

もう離しなよ、僕のなんだから。」


わざと赦さないふりをして、怖がらせて、赦して、りんに安堵を植え付けた。

それは成功して、りんはようやく僕の目を見てくれるし前みたいに話してくれる。


それなのに…いつまで僕のりんの手を握ってるの?

りんもりんだよ。


何でコイツの手を握り返してるの?


「遊雷様…さっきの約束、取り消してください。

お願いします…りんには酷すぎる…

そんな約束しなくてもりんはあなたの言うことを全て聞きますから…!」


まるでりんを分かったかのように言うんだね。

きっとたくさん話したんだ。

本音で気楽に楽しく、僕とは全くしないであろう会話の内容を。


僕は約束まで取り付けて、命令しないとまともに話してくれないのに。


そんなの……狡い。

コイツばかり狡いよ。


「ねぇ、りん。

"僕と手を繋ごう?"

りんは僕のなんだから他の男と手を繋いだらいけないよ。」


りんは僕の言葉に反応してすぐに贄の手を離して僕の手を取った。

もうこれでいい。

心なんて手に入れようとしたのが間違いだった。


このままいろんな命令を出して、褒めて可愛がって気持ちよくして麻痺させてやる。


そして錯覚させよう、僕の事を愛しているんだって。


愛?


あぁ、愛、か。


僕、りんの事愛してるんだ…。


何となく恋なのかなって思ってた。

確信が持てなかったのは恋にしては歪すぎたから。

そして、恋にしては重すぎたからだ。


まぁ、今更気付いても遅いけどね。


もういいや、そんな事より早くりんを連れて帰って囲わないと。


「っ…!!!」

「りん?」


りん、さっきから顔色が悪い気がする。


「りん、どうし」「い゛っ!!!!」


りんの背に手を回した時に、固いものが僕の手に触れた。


すぐにりんの背を確認すると僕には到底理解できない状態になっている。


「は…?」


何で?どうして僕のりんに苦無なんて物が刺さってるの?

それに、りんを掴み上げて傷つけようとしていたのはどこへ行った?


僕のりんの喉元に苦無を当てていたんだから殺す事は決めてたんだけどやっぱりやめた。


「一生かけて苦しめてやる…。」


必ず見つけ出して知り合いも皆んな殺してやろう。


今はとにかくりんの手当てかな。


「さて…どうしようか。」


見たところ、普通の苦無じゃないね。

食い込み方が全然違う。


「ねぇ、それ。返とかついてる?」


仕方なく桜華の贄に聞くと、出血が多くて真っ青になった贄が一度頷いた。

あ、放っておいたら死ぬな。


けど、ここでわざと見捨てたらりんにどう思われるかな。


本当に…いつでも鬱陶しい存在だよね。

一人きりならその辺の崖から放り投げてやったのに。


「白…、大丈夫?

顔色が悪いよ?

遊雷、お願い助けて…白を助けて…?」


痛みに震えながら真っ青な顔をしたりんが言った。


まぁいいや、今は気分がいい。


りんの行動、思考、何もかもを縛れるようになったんだから。


「うん、いいよ?

りんのために助けてあげる。」


もっと細かく言うと、りんが僕を嫌いにならないために助けてあげる、なんだけどね。

それは言わなくてもいいか。


りんの手を離し、羽織を脱いでそこに座らせた。


「遊雷様、こんないい着物に座るなんて…!」


遊雷様?


「そんな呼び方する子のお願いなんか聞きたくないなぁ。」


僕がそう言うとりんは少し俯いて葛藤してる。

何でそんなに迷うかわからない。

ただの名前だよ。


これから先、ずっと僕の名前を呼ぶ事になるのに様なんて付いてたらおかしいでしょ。


「でも……神様だから…。」


だから?

それが何?


そんな生まれた瞬間からついて来たおまけでどうして僕がりんと少しでも遠くならないといけないの?


そんなの絶対におかしいし許せない。


「りんはいいんだよ、むしろりんだけが許される。

誰も僕のことを呼び捨てにしてくれないから寂しいんだよね。」


「そ…そうなの?」


優しくて、抜けてて本当に可愛い…。

僕別に誰かに呼び捨てにされたいなんて今まで思った事ないよ。

りんにだけ呼び捨てにされたいだけ。


りんは優しいから断らないでしょ?


僕の弱さにりんは弱いから。


りんが僕から目を逸らし贄を見た。

贄は意識はあるけど朦朧としている。

あのまま倒れて放っておけば本当に死ぬだろうな。

僕はそれでいいんだけどね。


「遊雷。」


りんはそうじゃない。


「お願い、白を助けてあげて?」


アイツの事が大好きだもんね?


「うん、いいよ。

助けてあげる。」


いいなぁ…どうやったらそこまでりんに好かれるの?

顔?声?話し方?性格?

何がりんを射止めているの?


羨ましいと同時に、心底憎たらしい。

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