りん
こんなに情けない感情が湧き上がるなんて思わなかった。
生きたい、逃げたい、死にたくない、どれも切実で本音でそればかりがせめぎあう。
本来なら腰が抜けて膝立ちすらできていないはずなのに、私の髪を背後から掴み上げているその力だけで上半身が起き上がっていた。
きっとこれが私の本当の最期だろう。
白にもっと何か言ってあげたい。
私を見捨てて逃げて、桜華様からも逃げて、それで幸せになってほしい。
そう伝えたいのに、一人にされるのが怖くて出来れば死にたくなくて、でも死ななきゃいけなくて…
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
「白…行って。」
やだ、行かないで。
「早く行って、逃げて。」
行かないで、助けて。
「私はもうここで……死ぬから。」
嫌だ…!!死にたくない!!!
私の情けない姿を見て白までも涙を流した。
「りんを置いて逃げるなんて……
俺は…一緒に死んでやるくらしか、できることがない。」
男の人の涙ほど純粋なものはない。
私の慣れない強がりが、逆に白の心を折ってしまった。
白が私の手を優しく握った。
「一緒に死ねば…二人でどこか遠くに行けるのか?
神も暴力も痛みもない所へ。」
きっとどこにも行けない。
ただ無に帰すだけ。
でも最後くらい勘違いしたい。
死ねば極楽浄土へ行けて、未来永劫幸せに暮らせるのだと。
そんなものはないと分かっているけど、それでもこれまでの悲惨な運命を慰めたかった。
「うん…行けるよ。
だから一緒に行こう?
誰も私たちを傷つけることが出来ない、遠くへ。」
苦無の切先が私の喉元を横へゆっくりと移動する。
極限の恐怖と絶望で不思議と痛みは感じなかった。
もうこれで終わりなのね。
ただ一つ心残りがあった。
遊雷、あなたの事よ。
きっと私はいつまでもあなたの事を愛してる。
伝えそびれた、ただそれだけだ。
【嘘つき…僕から離れないって言ったのに…神様に嘘ついた悪い子はどうしてやろうか…。】
一瞬にして、森の木々が灰となった。
風は止み、私の目の前に遊雷が現れた。
「ねぇ…りん…。」
遊雷は私の頬をそっと包む。
「たった今…どこへ行こうとしたの?
僕から離れようとしたね?
ねぇ……誰とどこへ行くつもりだった?
コイツ?それとも後ろのそれ?」
遊雷に瞳の中を覗かれて問われたら、それがあまりに怖くて体の力が完全に抜けてしまう。
私の喉元に当てられていた苦無は瞬時に砂へ変わった。
「あ……あの……私……私は………」
怖い…神様が怖い…!
精神が壊れる…!壊される!!!怖い!怖い!!!!
死んでおけばよかった…殺されておけばよかった…!
「ごめんなさいっ…ごめんなさいっ!!!!!
許してくださいっ…二度と離れません!ずっとずっと傍にいます…!!」
私はまるで壊れた人形だ。
遊雷の怒りから逃れたくて頭では考えていない言葉がつらつらと出た。
「そんなの当たり前だよ?
だって、僕と"約束"したんだから。」
遊雷は泣いてぐちゃぐちゃになった私の顔をじっと見る。
「うっ…うぅっ…ひっ…ひぅっ…」
怖い、怒られるんだろうか、それとももっと酷い事をされる?
「あーあ、こんなになって。
でも、やっぱり可愛いなぁ…/////
久しぶりにりんの顔をたくさん見れた。
ねぇ、りん。"赦してほしい?"」
異常なまでに、あなたに赦されたい。
「欲しいっ…欲しいです…赦してください…」
しゃくり上げながら遊雷に赦しを求めた。
「本当に?何でも僕の言うこと聞く?」
私は必死に頷いた。
赦して…お願いだから赦して…!!
「うーん、どうしようかなぁ。
あ、そうだ。また"約束"してよ。
僕の言うことは何でも聞く、って。
そしたら赦してあげる。」
あぁ…よかった/////
赦してもらえる…/////
「何でもします! "約束"します…!」
「りん!!」
白の声が絶望に変わり、私の胸の奥がキュッと何かに締め付けられる。
私の核に糸が結びついたような感覚だった。
「いい子だね、りん。
いい子だから、赦してあげる。」
遊雷の赦しを聞いた途端、私の中に安堵と満足感が広がった。
「あ…/////ありがとうございます//////」
嬉しい…よかった//////
遊雷が赦してくれた…/////
「いいよ。それより…
"そんな話し方はやめようね"。」
体の一番奥でピリッと何かが私を刺激する。
遊雷の言う事は何でも聞かないと。
さっきそう言われたんだった。
「うん!やめる!
あんな話し方二度としない!」
本当はこんな話し方いけないのに、遊雷の言うことは何でも聞かなきゃいけないから仕方ない。
そう、約束したんだから。
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