りんは怖いのか不安そうな表情を浮かべる。

そんな女にまだまだ距離がある、なんて言えない。


「もう少しだ。」

「そ、そう?よかったぁ…。」


嘘をついたことは後から謝るとしてかなりよくない状況だった。


人気の少ない森で大して役に立たない男と、か弱い女。

正直何かされたら勝てる見込みがない。

かと言ってここで走り出して相手を刺激したくもない。


今は様子見しかできないな……。


何かあった時はりんだけでも逃がせるようにしておかないと。


後ろからの気配と視線が気持ち悪い。


一体誰が俺たちを尾けて来ている?


後ろばかり警戒していると、不意に気配がパタリと消えた。

どこに行った?まさか諦めたのか?


いや…気配を感じたのは俺たちが邸を出てからすぐの事だった。


偶然道が同じだったとは思えない。


絶対に意図的に俺たちを尾け回していた。


それなのになぜ気配が消えた?


何か引っ掛かる。


このまま進むか引き返すか……。


どちらを取っても俺たちが何らかの危険に晒されていることに変わりはない。


「っ!」


俺はすぐに足を止めた。


後ろからしていた気配はいつの間に前の方にある。

回り込まれた…!


これ以上は進めない、引き返せ!


「りん!走れ!!!」


俺の声に驚き飛び跳ねたりん。

とにかく俺はりんの手を引いた。

今なら何とかあの女の邸に逃げ込める。

邸まで戻ればもう俺たちの勝ちだ。


「こっちだ!早く!!」

「ま、待って!!速いよ!!!」


りんは俺に手を引かれて精一杯走っている。

置いては行かない。

どうせ殺されるなら俺でいい。

そんな俺の思いを踏み躙るように敵は…


ドスッ!!「きゃあっ!!!」「っ!!」


りんの背に苦無くないを投げた。

りんがよろけて転けてしまい止まることを余儀なくされた。


りんの背の真ん中には苦無がかなり深く刺さっていた。


「っ…痛い…痛いよ…」


蹲ってしまったりんの側にしゃがみ警戒して辺りを見るが、敵が隠れるのが上手く見つからない。


いくら背を向けていたとは言え、走っている女の背中に命中させるなんて素人の技じゃないな。

相手は殺しを生業にしている者だ。


誰がこんな奴を俺たちに差し向けたか考えなくても分かる。


当然、俺の女主人だ。


ドスッ!!「う゛!!」



強烈な痛みの理由が最初はよく分からなかった。

痛みを自分の中で押さえ込もうと視線を下に移す。


最悪な事に俺の腹にまで苦無が刺さってしまった。


「白!!」


これはこれでいい、武器が手に入った。

俺は腹を括ってその苦無の持ち手を握る。



「ゔっ……くっ…!!」



気合いを入れて一気に引き抜こうとしたが刺さった時よりも痛みがひどい。


「あ゛っ!!!!」


最悪な事にこの苦無には返しがついていた。


俺の状況を見てりんが体を震わせながら起き上がった。


「くそっ…!!!」


痛みが何だ!そんな物ずっと与えられて来ただろう!

これくらい引き抜けなくてどうする!!

ここでりんを死なせたくないだろ!


「あ゛っ!!」


腹の臓物が出ようと構わない、とにかく引き抜いて武器にしろ!!


「白。」


りんは苦無を抜こうとしている俺の手に触れた。


「りん!止めるな!これを抜けば…」


俺がりんに視線を移すと、一変してしまった状況に血の気が引く。


「白…逃げて。

お願いっ…見ないで…。」


顔を隠した小柄な男か女かも分からない奴が背後からりんの喉元に苦無を押し付けている。


りんは恐怖で体をガタガタと震わせていた。

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