第陸話 りん

遊雷はもう私に興味はないんだと思う。 


遊雷に縋りついて謝ったあの時、遊雷は一度も振り返る事なく桜華様の所へ行った。

捨てられるのも時間の問題。


いざその時が来たらこんなにも受け入れ難いなんて。


これからどうなるのかな?

道端に放り出されるんだろうか。

それとも存在自体が疎ましくなり消されてしまうとか?


遊雷が興味のない者へどんな事をするのかこの短期間でよく見て来た。


それはどれも穏やかな物じゃない。


気持ちが沈み切って歩くのがやったの私の手を白が引いてくれた。 


「りん、しっかりしろ。

きっと大丈夫だ。」


白の優しい声は私の心には響かない。


「帰るのが怖い…。

何かされるのも怖いけど、遊雷に要らないと言われるのが一番怖いの。」


あなたを愛するんじゃなかった。

いつ捨てられてもいいと思っていたけどこんなに怖いなんて想像もしていなかった。


「そんなこと言われたらあの邸を飛び出せばいい。

そして、そのときは俺も一緒に行く。」 


え?一緒に行く?


「桜華様に殺されるよ?」

「面白いな、りん。

俺たちはとっくの昔に死んでるだろ。」   


それもそうだ。

私たちは生きているのか死んでいるのか分からない存在。

確実に一度は死んだ身。

今こうして話ができているのは生きていると言う事だろうか。


「こんな時に難しい事言わないでよ…。」

「あぁ、それもそうだな。」


声も表情も穏やかな白。


そんな人がいきなり私の手をギュッと強く握った。


「白?」

「尾けられてる。」


え!?尾けられてる!?


「そんな…誰に」

「振り返るな。」


振り返ろうとした私を白が制した。


「気付いたと向こうに悟られたら襲ってくるかもしれない。

とりあえず、人目の多い所へ移ろう。

ここでは本当に武が悪い。」


白の言うここ、とはこの道のこと。

近くには何もなく、ただの森が広がっている。


「そうだね…。」


こんなところで襲われて、運悪く二人とも命を落とせば埋められてそのまま行方不明よね。


「…白、尾けている人に心当たりはある?」


白は私の問いに首を横に振った。


「あの女は外面は信じられない程いい。

敵が多いのはむしろそっちの主人じゃないのか?」


もう心当たりしかない。

遊雷に恨みを持った誰かが私達に何かしようとしているんだろうか。


「どうして私たちなの?

私たちはただの贄なのに。」    


「雷神の兄貴の方に恨みがあるとして、本人には到底敵わないだろう。

かと言って弟に手を出すのも正気の沙汰じゃない。

そうなれば、一番弱く気に入られているりんに手を出すのが普通じゃないか?」


一番弱い以外は納得できる。


「私はもうお気に入りじゃなくなったのに……。」


こんな心が沈んでいる時に尾けなくてもいいじゃない。

しかも一足遅すぎる。


「それを知っているのは俺たちだけだ。

今この神の世で雷神の兄は贄の虜になったともっぱらの噂だからな。」


人の噂はどこまでも出鱈目だ、今日それがよくわかった。


「あの…私、道がわからないんだけど後どのくらいで人気の多いところに出る?」


近いと嬉しいな…。

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