雷牙

なぁ、兄様。

どうしてそうなる?

りんが泣いてるのにどうして桜華と行くんだ?


りんはまだ泣いていて白が慰めるようにりんの肩を抱いていた。


「うぅ…っ…ひくっ…うぅっ…」


泣かせるなよ…なぁ、兄様。


「白と言ったな、悪いがりんをうちまで送ってくれないか?」


これ以上ここに置いておくのは可哀想だ。


「…かしこまりました。

りん、行こう。」


白は俺の言った通りに動いてくれた。


ここで泣かせているよりはいいだろう、それより今は兄様だ。 


すぐに兄様と桜華の後を追った。

二人は青い桜を見て何か話している。


ここで俺が兄様に殴りかかったら桜華にまで迷惑がかかる。

さすがに他人の家で揉め事は起こせない。


「桜華。」


一応、白を勝手に使ったことを言っておかないとな。


「はい、雷牙様。」


桜華はさっきの事など微塵も気にしていないようだった。


「白を勝手に使わせてもらったぞ。

今兄様の贄をうちに送り届けてもらっている。」


俺がそう言うと桜華は美しい笑みを浮かべて答えた。


「構いません、それよりあの子はよく躾けられておりますね。

遊雷様にひれ伏して許しを乞うなんて。」


躾、か。

つい数日前まではそんな可哀想なことにはなっていなかった。


「僕は躾なんてしてない。

いい子に見えたのなら、あの子が元々いい子だからだと思うよ。」


兄様は表情を取り繕うのが上手かった。

昔からそうだ、兄様は絶対に桜華に隙を見せない。


「目下の者にまで遊雷様はお優しいですね。」


兄様はニコニコと笑っているフリをする。

弟だから分かる、あれは兄様の作り笑いだ。


「うーん、どうだろう。

りんだけかな。

りん以外はどうでもいい。」


なぁ、兄様、なぁ、兄様。

目の前にいるのは将来の妻だぞ?

大丈夫か?そんなこと言って。


「ふふ、まぁ、そうですね。

確かに贄は特別可愛いですから。

そう言えば、遊雷様。 

これは父と母の案なのですが、遊雷様の贄と私の贄を夫婦にするのはどうでしょう。」


ギョッとした。

桜華のその言葉はまさに火に油。

 兄様がそんな発言に耐えらる訳がない。


「…どうして?」


兄様は冷静に聞いた。

と言うより、平静を装っている。


「私も私の両親も白が可愛いですから、いずれは一生を添い遂げる者を用意してあげたいのです。

誰でもいいわけではありません、信頼している遊雷様だからこそ遊雷様の贄がいいのです。」


さっきから感じていた桜華への違和感。

その正体がはっきりと分かった。

桜華は贄を人だとは思っていない。

贄を物だと思っているんだ。


白に伴侶を用意してあげたいと言ったな。


本当に大切に思っていて人だと思っているなら用意なんて言葉は出てこないだろう。


「それに、白はあの子をとても気に入っておりますから。

白ならきっとあの子を幸せにすると思いますよ。」


俺は反対だった。

贄同士が夫婦となった場合、贄の権利は全て男側の贄の主人に渡る。


白とりんが夫婦になれば、りんは桜華の物になると言う事だ。


それは避けた方がいい、どうしてかそんな気がした。


「ねぇ、桜華。」


肌が裂かれるように突っ張る。

凄まじい殺意の籠った神力だ。


「りんは僕の贄だよ?

何でそっちにあげなきゃいけないの?」


青かった桜はたちまち赤く染まり、血の雨が降っているようだった。


「で…ですが……

将来、私と遊雷様が夫婦になれば…あの子と白も自ずと夫婦になる決まりです…!

贄が先か私たちが先か、それだけの話ではありませんか!」


いつも冷静な桜華も兄様の神力に怯えたように話す。

すごいな。気が強いとは思っていたが、こんな状態の兄様に楯突くとは。  


「その婚姻は僕らが望んだ事じゃないでしょ?

まだ話せない赤子だった時に僕らの身内が勝手に決めた口約束だ。

しかも、それを決めた者達はもう死んでるし。

僕は今、雷神の一族の長で死人の言葉を守る義理はない。

そもそも、互いにそう思っていたから長い間好きに生きて来たんじゃないの?」



兄様がこんなにもはっきりと桜華に聞いたのは俺が知る中では初めてだった。


そして、二人の婚姻が当人達の間で決められていなかった事も初めて知った。


「そ…それはそうですが…!

死人と言っても偉大なご先祖様です!

その方々の言いつけを守らないのは一族を裏切る行為になります…私はそんな事はしたくありません!」


桜華の言葉に兄様が笑った。


「本当に?

僕は死人の言葉なんて気にならないけど。

この際はっきり言っておくけど、僕はりんを手離す気も他の男にくれてやる気もない。

りんがいる限り僕は誰とも一緒にならないよ。」  


桜華は少し俯いた。

桜華は焦る様子は見せても涙は見せない。


ここまで言われてそんな反応なら、やはり兄様のことを男としては見ていなかったのか?


「そうですね…。

遊雷様、お許しください。

ただ、白を思うばかりに先走りました。

この事を今すぐに両親に伝えてまいります。

少しお時間をいただいてもよろしいですか?」


どこまでも冷静で何を考えているか正直読めない。


「うん、僕ももっと早く言ってあげればよかったね、ごめんね。

ここで待っておくからゆっくり行っておいで。」


兄様の言葉を聞いて桜華が一礼してこの場を去る。


兄様がそんな様子に興味なさそうに視線を桜へ移すと赤い花びらはたちまち青い花びらに色を変えた。

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