りん
白と二人きりになって、大きな手で背を撫でられた瞬間、たくさんの涙が溢れていた。
ここに来て初めて、心からの慰めを受けた。
たった一言でこんなにも涙が溢れ出るなんて。
「それより、本当に申し訳ないくらい話は変わるが、唇の色大丈夫か?真っ青だぞ。
実はさっきからずっと気になってて普通に心配だ。」
本当に話が変わった、よほど気になったのね。
「これは…あの…笑わないで聞いてくれる?」
「それは内容による。」
そうよね。
私は笑われることを覚悟して、裏庭で全裸になって井戸水で体を洗った話をした。
「それは……その……さすが雷神の贄だな。
気合いが違うと言うか…凄まじいな。」
白は笑うどころかかなり引いていた。
その引いた顔が面白くてつい笑いが出る。
「あははっ…!」
本当に自分がいかに愚かかよく分かる。
私どうかしていたのね、朝から井戸水で水浴びなんて。
「いや、笑い事じゃないだろ。
風呂くらい使わせてもらえないのか?」
それはどうだろう。
「私、女中のみんなに嫌われてるから無理だと思う。
女特有のほら、いろいろあるでしょ?」
男の人には分からないかもしれないけど白は別。
贄だから、きっとわかるよね。
「あぁ、確かにあるな。
女は本当に大変だ。」
ほら、分かってくれた。
分かってもらったついでに聞いてもらおうかな。
「白、ここ最近の話をしてもいい?」
誰にも話せないから聞いてほしい。
「あぁ、もちろんだ。」
私の話が終わった後は…
「白もいろいろ聞かせてね?」
私だけじゃなく、白もちゃんとすっきりさせてあげる。
私は言葉通り、白にいろいろなことを話した。
と言っても、遊雷との事と桜華様に鉢合わせた時の話だけど。
聞いてもらうだけじゃ何も解決しないけど、気持ちがすっきりするからこれでいい。
私の話はいい、私が気になったのは白の話だ。
「俺は…つい昨日まで殴られてた。」
「…え?」
私はまさかそんな話を聞くとは思わなかったからかなり驚いて言葉を失ってしまった。
「もう慣れたから気にするな。
それに、山神がお前にしていたような酷い暴力じゃない。
俺より自分の心配をしろ。
あの女、りんと俺を夫婦にさせて自分が引き取りたいらしいからな。
その後は虐め殺すと言っていたぞ。」
「そ…そんな……。」
何でそんな酷いことが思いつくの?
「神様とは思えない程、陰湿で残酷だね。」
「あぁ、長く生きすぎるのもどうかと思う。
神は頭がおかしい奴ばかりだ。」
そんなことを堂々と言っているけど…
「誰かに聞かれたら殺されちゃうよ?」
「大丈夫だ、こんな裏庭誰も来ない。」
白は意外にも大胆だ。
「ねぇ、白。
とりあえず私たち何かあったようにしないといけないってさっき言ってたけど具体的にはどうしたらいい?」
互いの近状報告から作戦を立てる流れになった。
「とりあえず目が合ったら恥ずかしそうに逸らすとか、もじもじするとかでいいんじゃないか?」
え……?
「白がもじもじするの?」
「いや、俺じゃない。りんがするんだ。
こんな図体のデカい男がもじもじしてたまるか。」
そうよね…そうだよね。
「うん、少し安心。」
白がもじもじし始めたら私はどうしたらいいか分からなかったよ。
「あ、それと適当に花でも耳に刺しとくか。
あれとかいいんじゃないか?」
耳に刺す!?
耳の中に刺すってこと!?
「い、嫌だよ!!痛いよ!そんな事したら!!
それに!あの花はお庭を飾るために植えている物でしょ!?
取ったら駄目よ!」
「一本くらい大丈夫だ。」
いやいや、絶対に大丈夫じゃないよ!
上手く生きようって言ってる割には怖いもの知らずだったりする!?
「お花はやめよう?
もっと何かいい方法があるはず。」
私が必死に説得しようとしていたら…
「白、どこにいるの?」
少し離れた所から桜華様の声が聞こえた。
「白ー?」
明らかにこちらに近づいて来ている。
私は慌てふためいた。
白とかなり親密な事をしたと勘違いさせないと、また白が酷い目に遭うと思ったから。
それなのに白は私の足元にしゃがんで何かしている。
何してるの!?桜華様来ちゃうよ!?
え?え?どうしよう!
そもそも親密にってどうやるの?
え?抱き合うの?
どうしよう!どうしよう!
私の慌てようとは打って変わって白はサッと立ち上がり私に向き合う。
「なぁ、りん。
目をぱっちり開けてくれないか?」
え?目をぱっちり!?
「そ、それで誤魔化せるの!?」
「あぁ。」
目を見開いただけで桜華様を騙せるとは思えないけど、白が言うならやってみよう。
「っ!」
私は最大限目をぱっちりと開けた。
その瞬間…
「白ー?」
桜華様の足元が縁側に入った。
それを見計らって…
「フッ!」
「ひゃあっ!!!!」
白がいつの間にか手にしていたたんぽぽの綿毛を私の顔の前で散らした。
「ちょっ!ちょっと!白!!」
こんな時に何をふざけてるの!?
「はははっ!」
私の慌てように白が笑っている。
それは作り笑いじゃない、本当に面白がって笑っていた。
極度の緊張が一気に解けて、白が笑った事が嬉しくて…
「あははっ////」
私も結局一緒に笑っていた。
誰がどこからどう見ても私たちは仲が良く映るだろう。
「あら、二人ともこんな所にいたのね。」
「(胃が痛い)」
桜華様にも、雷牙様にも…
「…………。」
遊雷にも。
白はわざとらしく固まって私と距離を取った。
「あらまぁ、二人ともこんな所にいたの?」
私と白は同時に頭を下げて互いに少し目配せする。
「随分と楽しそうだこと。」
自分の思い通りに行っていると思っている桜華様。
ご機嫌なのが手に取るようにわかる。
「騒がしくしてしまい申し訳ございません。」
私が謝ると白が私の前に出て来た。
「りんは悪くありません。
俺がりんをからかったから声を上げてしまっただけです。」
何も知らない人がこれを見たら必死にお互いを庇い合ってるように見えるだろう。
遊雷はこんな私たちを見てどう思っているんだろう。
「互いを庇い合うなんて健気ね。
そうは思いませんか?遊雷様。」
桜華様は遊雷に話を振る。
相変わらず頭を下げていたらふと目の前に気配を感じた。
誰かいる?
顔を上げたいけどそれは許されないだろうからずっと同じ態勢をしていたら…
「"これ以上騒がないで、大人しくしていて。"」
その一言で私の体に小さな稲妻が走る。
これは神様からの命令だ。
聞かざるを得ない。
私はもしかしたら遊雷に恥をかかせてしまったのかもしれない。
将来の伴侶の前で粗相は許さない、そう言われているような気分だった。
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