りん
遊雷は一瞬眠って、一瞬で目を覚ます。
そんなことを朝まで繰り返していたから私も遊雷も寝不足だ。
「りん、大丈夫?」
遊雷は起き上がり、私の目の下の隈に触れた。
「ごめん、僕のせいだね。」
「謝らないでください。
これも贄の仕事ですから。」
そう、贄の仕事。
ほんの少しでも遊雷と一緒にいたかった、なんて本音は誰にも明かさない。
仕事、その言葉を聞いて遊雷が少し悲しげな顔をする。
素直になれなくてごめんなさい。
でもやっぱり、あなたにだけは言えないの。
寝不足な私たちだけど、今日は結構大切な日。
桜華様のお邸に行く日だ。
招かれたのは、遊雷と雷牙様と私。
そう、謎の面子。
せめて目の下の隈を無くしていきたい。
もう今更眠るのは無理だけどね。
「遊雷様、朝餉の準備をしてまいります。」
私が立ちあがろうとしても遊雷はそれを許さない。
遊雷の力で体が動かなくなっていた。
「しなくていいよ、ゆっくりしよう?
僕のせいで疲れただろうし。
横になりなよ。」
もちろん、その案には頷けない。
遊雷が布団に寝転んで腕を広げている。
私は行けないのに…
「遊雷様…私は」「"来て''」
体が遊雷の方へ引かれていく。
私は吸い込まれるように遊雷の腕に抱き寄せられて一緒に寝転んでいた。
「遊雷様…。」
ようやく体が動くようになったから離れようと遊雷の胸を押す。
遊雷は離れまいと私を抱きしめる力を強くした。
「ごめん、少しでいいから…。」
甘えん坊で寂しがり屋の神様。
抱きしめられて、心の底では嬉しい私もなかなか酷い女だ。
不本意とは言え、私は遊雷を傷つける嘘をついた。
遊雷は何も悪くない、ただ私で遊んで情が移ったそれだけの事。
だからこうして腕の中に収まるのは私の義務。
そうやってあなたの温もりや優しさの感じ方を鈍くしておかないと私が持たなかった。
遊雷に対する想いをわざと冷たくして少し経ち、いろいろ限界を迎えそうになったから…
「遊雷様、お離しください。」
あなたに冷たく呟いた。
まるで、仕事が終わったかのように言えば遊雷はパッと私を離してくれた。
「うん、もう大丈夫。
ありがとうね、りん。」
遊雷の手から逃れて部屋を出ることにした。
「お支度の手伝いをする者を呼んできます。」
もちろん、遊雷の顔は見ていない。
少しでもつらそうな顔をしているのならまたその腕の中に戻りたいと思ってしまうから。
私はあなたにどこまでも非情にならないといけない。
ちゃんと自分で理解するべきよ。
遊雷の心の中にいるのは、一時の寂しさを凌げる贄ではなく、妻になる桜華様だって。
私は少し足早に廊下を歩いた。
胸が苦しくて堪らなかったから。
臆病な私は逃げ出すしか生きる道がない。
本当、どこまでも贄らしい。
ドン!!
「おっ!と!!」
下を向いて歩いていたせいで誰かにぶつかった。
その誰かは、私が転ぶ前に私の腕を掴んで引き寄せてくれる。
おかげで私は身に余る事をされていた。
このお邸の…
「りん、大丈夫か!?
すまない、前を見ていなくて…。」
もう一人の神様に。
「いえ、雷牙様。
悪いのは私です、どうかお許しください。」
深々と頭を下げたら…
「きゃっ////」
雷牙様が両手で私の頭をいきなり上げさせた。
「そんなに畏まるな、せっかく仲良くなれたと思ったのにそんな態度では悲しくなるだろう。」
兄弟揃ってどこまで人を誑し込めば気が済むの?
前の私なら馬鹿みたいに勘違いしていたわ。
神様と友人になれるって。
「雷牙様、私にそのようなお気遣いは無用です。
やる事がありますので失礼してもよろしいでしょうか。」
冷たく、とにかく淡白に。
もう二度と隙なんて見せない。
その隙をついて心の隙間に入り込まれたら私はもうこの自分に戻れなくなる。
だからこの兄弟に心を許さないで。
何度でも自分に言い聞かせるわ。
二人は神様で、私は贄なんだと。
雷牙様の悲しそうな顔を少し見て、その隣を通り過ぎた。
その後に女中専用のお風呂を使いたいと、庭掃除をしている女中に話しかけたらもちろん無視されたから、結局裏庭の井戸水で体を流すことになった。
誰もいない事をいい事に裏庭で裸になり、体に水をかける。
「!!!!!!」
井戸水は厄介だ。
なんて言ったって、冷たすぎるから。
でも、冬の川よりかはマシ。
これくらい我慢しなさい、あなたは贄なんだから。
このお邸に私が使っていいお風呂はないの。
どんなに惨めでもちゃんと理解して。
心の底と体を完全に冷やし、身綺麗にしてまた同じ着物を着た。
私もできる限り綺麗にしていかないと。
また桜華様に汚いと言われるはさすがに嫌だから。
裏庭で水浴びをしていたら朝餉を食べ損ねた。
久しぶりに感じる空腹に少し懐かしさを感じる。
贄になる前は常にお腹を空かせていたっけ。
寒い、ひもじい、お腹空いた。
でも何よりもつらいのは…
「りん、大丈夫?
唇真っ青だよ?どうしたの?
気分悪い?何かされた?」
「何もございません、私にはお構いなく。」
優しい遊雷にこんなにも冷たく接しないといけないことだ。
この兄弟は本当に美しい。
きちんとした着物を着たら尚のこと。
これでもっとらしくなった。
神様と贄に。
「………うん。
分かった、無理だけはしないで。」
「かしこまりました。」
「(胃が痛い)」
遊雷の顔はもちろん見ていない。
と言うより見れなかった。
遊雷が空間を裂いて入り口を作る。
二人がそこへ入って行ったから私も少し離れてついて行った。
そして数歩あるくと…
「遊雷様、雷牙様。
お待ちしておりましたわ。」
美しい桜華様とその数歩後ろで頭を下げた白が二人を迎えた。
たくさんの桜が満開で、庭まで美しい。
私は桜華様に頭を下げた。
「まぁ、嬉しい。
そちらの方も本当に来てくださったのね。
よかったわね、白。」
桜華様の言葉に動揺を隠せなかった。
「はい。」
声が篭っているから白はまだ頭を下げているのね。
だったら私も下げておこう。
この三人のうちの誰かが私たち贄に頭を上げる許可を出すまで。
「もう、二人ともいつまでそうしているの?
顔を上げて?」
意外にも桜華様が私たちに顔を上げるように指示を出した。
言われた通り顔を上げると白と目が合う。
白は私と目が合うと少しだけ表情を柔らかくした。
「白、私は遊雷様と雷牙様をご案内するからあなたはあの可愛らしい方にお邸を見せてあげなさい。」
桜華様がそう言うと、白が一度返事をした。
「では、お二人はこちらへ。」
遊雷と雷牙様は私を置いて桜華様の方へと歩く。
遊雷は桜華様の前だと私に無関心に見えた。
私も、そう接しよう。
桜華様達が少し離れたところまで歩くと白が私の目の前まで来た。
「嬉しそうに笑ってくれないか?
それなりの手応えがあると見せておけば俺が助かる。」
「これは桜華様の指示?」
私を手に入れろとでも言われたのかな。
桜華様の必死さが伺える。
何としてでも遊雷を手放したくないんだ。
嫌だな…。
私はそれを思うことすら憚られるのに。
「あぁ、俺は今日お前を孕ませないといけないらしい。」
それはかなり困る。
「無理難題を言われたんだね。」
「あぁ、俺とは何もしなくていいから後で何かあったみたいな雰囲気を出してくれたら助かる。」
あまりにも適当すぎる頼み事に自然と笑いが出ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます