りん
胸が張り裂けそうだった。
遊雷があまりにも寂しそうに私に言うから。
どんな形であれ、桜華様の言葉を信じたのは遊雷なのに。
私は少し前の自分の決意を思い出す。
遊雷を愛していいその日まで、"愛していい"ところまで私がたくさん愛を注ぐ、と。
それがどんなにつらいことかなんて考えてもいなかった。
見返りのない愛はやっぱり苦しい。
「ねぇ…りん、来てよ。
僕と来て?」
私は苦しくてたまらないはずなのに、今はどうしてか遊雷の方が苦しそうだった。
こんなひどい態度を取っているくせに最後まで冷酷にはなれない。
「分かりました…、行きます。」
結局、惚れた方が負けなんだ。
洗いかけの皿を置き手を洗うと遊雷が私から腕を離した。
「行こ?」
遊雷が何の迷いもなく私の方へ手を出す。
ほんの一日前ならその手を嬉しいと思ったのに、今は悲しい。
たかが贄、私は贄だ。
神様とは手を繋げない。
「手が濡れていますので、遠慮させていただきます。」
私が目を合わせずに答えると、私の両手が勝手に遊雷の前に出された。
「っ!!」
遊雷の方に手を出したまま動けない!
何で??
どうして手が引っ込まないの??
困惑していると遊雷が着物の袖で私の濡れた手を拭き始めた。
「お、おやめくだ」「濡れてるなら拭けばいいよ。ほら、これでもう手を繋げるね?」
遊雷の声には珍しく焦りが滲んでいた。
「ね?ほら、行こう?」
遊雷に右手を取られてようやく自分の手が動かせるようになる。
きっと、神力で遊雷に動きを制限されていたんだ。
「いえ…私は…」
私が言い終わる前に遊雷が私の手を引いた。
「遊雷様…!」
いつもと様子が違う。
こんなにも…
「りん、お腹空いてない?
好きなもの何でも食べさせてあげる。
遠慮しなくていいからね?
僕の部屋で一緒にいろいろ食べよう?」
切羽詰まっている遊雷は初めてだ。
遊雷の部屋に着くとすぐに畳の上に座らされた。
「何が食べたい?何でもいいよ?」
手はずっと握られたままで離してくれそうにない。
「いえ…何も…。」
確かにお腹は空いているけど遊雷に何か貰うために空腹にしていた訳じゃない。
「何か出してもらわなくても大丈夫です。」
残り物が何かあるはずだからそれでいい。
「それより遊雷様、お布団を敷きますね。
明日は早いですからもうお休みに」パサッ。
あれ??
さっきまでなかった布団がいきなり現れた。
「ほら、布団敷いたよ。
欲しい物は何?食べ物じゃなくてもいいよ?」
遊雷はどうしてこんなにも私に何か与えたがるだろうか。
あなたが自分で言ってたくせに。
たかが贄、って。
「遊雷様、本当に何もいりません。
とりあえず横になってください。
遊雷様が眠るまで側にいますから。」
遊雷はきっと寂しいのね。
私がいきなり冷たくしたから動揺している。
でも、それもいずれは慣れる。
私がこうして遊雷の部屋に入るのはきっと少ないはず。
「じゃありんも一緒に寝よう?」
遊雷は悲しそうに言う。
「遊雷様、贄と神様は一緒には眠れません。」
私は表情一つ変えずに遊雷に返した。
すると遊雷は私の体を引き寄せてギュッと抱きしめる。
「そんな事ないよ。
りんは僕のなんだから…。
だから…一緒に寝たって誰も何も言わないよ。」
言わないんじゃない、遊雷の事が怖くて言えないだけよ。
遊雷はそうしていつしか孤独になってしまう。
せめて私だけは贄として遊雷の側にいないと。
「それでも駄目なものは駄目です。
膝をお貸ししますから、どうぞ横になってください。」
私がそう言うと遊雷は私の膝にそっと頭を預けた。
手は繋いだまま、まるで離さないと言っているみたいに。
遊雷は全然目を閉じない。
眠る気がないんだろうか。
「遊雷様、明日は早いですよ。
眠らないんですか?」
遊雷が私の手を握る力を少し強めた。
「眠ったらこの部屋を出ていくでしょ?」
もちろん、そのつもり。
私がここで眠ることはない。
「はい。」
「だったら眠らない。」
はっきりと答えているけどそれでは困る。
「遊雷様がお眠りにならないと私も寝られません。」
いくらこの身でも不眠は体に堪えるわ。
「ねぇ、りん。
一緒に寝ようよ。
僕だけにして、なんて面倒な事言わないから。」
遊雷が私にそれを言ったとして、私は絶対に面倒には思わない。
むしろ嬉しく感じてしまう気がする。
いっそ命令してくれたら、その命令を聞いているフリをしてあなたに正直でいられるのに。
「何を言われても、主人のお布団で眠る事はできません。
どうかこのままお眠りください。
遊雷様が眠ってから私は行きますから。」
それなら寂しくないでしょう?
「分かった…じゃあ、僕が眠るまで側にいて。 」
眠るまでじゃなくて本当は……。
違う、そんなのは間違ってる。
これ以上は望まないで。
この寂しがり屋の神様は絶対に私の物にはなってくれない。
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