りん

周りの視線が痛い。

贄と手を繋いで歩いてないる神様なんて見たことがない。


「りん、見て見て。

あれ可愛いよ?」


遊雷は私の話を聞かずに私を引っ張っていってしまう。


こんなのよくない、こんなに他人の目があるのに。

 

「どれがいい?

欲しいの全部買ってあげる。」


遊雷は私の肩に両手を置いて耳元で囁く。


「い…いらっしゃいませ、雷神様…。」


店主は気の毒に思えるほど緊張していた。


「何でもいいんだよ?

迷っているなら店ごと買ってあげようか?」


店ごと!?

私は必死に首を横に振った。


「あ…あの…いろいろな物を見てから決めたいです…。」


何か買ってもらう気はもちろんないけど、このままだと遊雷が店ごと買ってしまうような気がしたからどうにかここを離れるように努めた。


「そう?じゃあ隣の店に行ってみようか。」

「はい!」


元気よく答えると遊雷は私の手を引きすぐ隣のお店に行く。


「いらっしゃいま……らっ…雷神様っ…!!!」


遊雷が見えた瞬間、この店の店主の優しい笑みは引き攣り見たこともない速さで頭を下げた。


私は申し訳なく思いながらもお店の商品を見る。


「わぁ////」


するとそこには見た事のない美しい生き物がいた。

その生き物はビードロに入っていてヒラヒラふわふわ優雅に泳いでいる。


「綺麗…/////」


こんな魚が存在していたなんて。


「金魚が好き?」


金魚?この魚は金魚と言うの?


「うん!す……はい…。」


危ない、危ない。

金魚の美しさに惑わされて素の自分が出てしまうところだった。


それより大切な事を伝えないと。


「でも欲しいわけじゃありません!」

「遠慮しなくてもいいよ?」


遠慮も少しあるけど…


「こんな綺麗な魚を食べるなんて私はできません。」


ほんの少しの間、沈黙が流れた。


「りん……。

これ、見る魚だよ。

食べる魚じゃない。」


「//////////」


私ったらなんて事を。

よく見ると店主が引いている。


「ご、ごめんなさいっ!初めて見たもので…/////」


恥ずかしい…/////

これだから私は駄目なのよ!

私が恥ずかしさのあまり俯くと、遊雷の指先がそっと私の顎に触れる。


何かと思って遊雷を見上げたら、遊雷は優しく言った。


「いいよ、謝らないで。

初めて見たんだもんね、分からなくて当然だよ。」


優しい…遊雷、本当に優しい。

相方も指先も表情も、全部優しくて蕩けそう。


早くここから出たい。

と言うより、早く帰りたかった。

私は何か物が欲しいわけじゃない。

私が欲しいのは遊雷一人だけだから。


手を繋いだままだったから私はその手を少し握り返す。

出口の方にその手を引いたら遊雷が察してくれてすぐに店を出ることになった。


「りん、浮かない顔してる。

楽しくない?」


私のこの態度が遊雷に疑問を与えてしまった。

せっかく連れ出してくれたのに。


「私は…遊雷がいればいい…から////

こんなたくさんお店のある華やかな所じゃなくて、ただ遊雷がいてくれれば私は何も…///」


敬語を使うのを忘れてしまった。

ただ必死に伝えようとした、それだけはわかってほしい。


ちゃんと伝わってるかな?

そっと遊雷の表情を見上げた。


「////////」


私の言葉を聞いて、頬を少し染めて遊雷は嬉しそうに笑う。


「僕以外、何もいらないの?」


その質問に頷いていいのかな。

誰か聞いてるかな?贄の分際で失礼かな?

私は繋がれた手を見て腹を括る。


そうよ、もう今更よ。


たった一言で地獄に落ちたりしないよね…?


「うん…。遊雷さえいればそれでいい。」


道のど真ん中で真っ赤になる男と女。

周りは私たち二人をどう見るだろう。


それぞれがどんな感情を持っているかは知らないけど、いい感情を持ってくれている人は一人もいないことだけは知っていた。


だけどこの時間が幸せだった。


遊雷と手を繋いで本音をほんの少し曝け出して、その本音で遊雷が喜んでくれたから。


ほんの少しでも受け入れてくれたのが嬉しい。


「遊雷様?」


だけど、この幸せはとある人の一声で崩れ落ちる。

私を見つめていた視線は切り離され、声の主へと視線が移る。


そして、遊雷は柔らかい声でその人の名を呼んだ。


「桜華。」


私はすぐに遊雷の手を離して、遊雷の三歩後ろに下がる。


まさかこんな所で会うとは思わなかった。


「行方が分からなくなったと聞いたときはこの心臓が凍るかと思いました。

ご無事で何よりです。」


この神様は遊雷の妻になる女性。

私が絶対に敵わないひとだ。


「無事だよ。

お互い、簡単に死ねないことはよく知ってるでしょ?」


桜華様は鈴を転がすような笑い声を上げた。


その笑い声は聞いた人をみんな幸せにするくらい澄んだ美しい声だった。


「そうですね、私たちはほぼ不滅。

"これからもずっと"互いを思いやって過ごしましょうね。」


これからもずっと、その言葉を何の躊躇いもなく言える桜華様が羨ましい。


私は…あなたと遊雷が夫婦になるまでの繋ぎに過ぎないのに。


嫌だな、こんな事考えたくないのに。

どんどん卑屈になる。


「ところで、そちらの可愛らしいお方が今神の世を騒がせている贄ですか?」


桜華様は白々しく聞く。

私はあなたに汚いと言われたことをまだ忘れていない。


「そう、僕の贄だよ。

可愛いでしょ?」


「えぇ、とても。

あぁ、そうだ。遊雷様。

近々私の邸に遊びに来てください。

父と母が会いたがっておりました。

何やら大切なお話があると言っておりましたよ?」


桜華様は私を可愛いなんて微塵も思っていない。

これは私の被害妄想なんかじゃない。

"女だからこそ"分かる視線がある。


「分かった、三日後は?」


「体を空けておくように伝えておきます。

その時は是非、雷牙様もそちらの可愛らしい方もご一緒に。」


ギョッとした。

桜華様は何を考えているの?

桜華様からしたら私は害虫のような存在だろうに、それを自分の邸に招くなんて。


何かされるのかな?


「ふふ、そんなに怖がらないで?

白が会いたがっていたのよ。

言伝も頼まれたわ、あの日の事が忘れられない、って。 

一体何のことかしら?白は顔を赤くするだけで教えてくれないのよ。

男と女のことは主人にすら言いたくないって。」


遊雷の前でなんて事を言うの?

そんなのまるで私が白と関係を持ったみたいじゃない。

遊雷はこのことをどう思うだろう。


まさか信じたりしないよね?


今すぐに否定したいけど、ここで否定して突っかかっても私に勝ち目なんてない。

私は圧倒的に立場が弱いから。


「桜華様さえよければ、私も忘れられないとお伝えください。」


私は頭を下げて視線を下に落とす。


さっきから無言で私たちの話を聞いてる遊雷の顔なんて見れるわけがなかった。


「では、遊雷様。

楽しみに待っております。」


桜華様が遊雷に別れを告げて私の隣を通り過ぎる。


「………。」

「………。」


私も遊雷も何一つ喋らない。

私に至っては何も話せなかった。

ずっと俯いていたら遊雷の履き物が視界に映る。


どうしたらいいか分からなくなり、とりあえず一歩下がろうとした。


「っ!!!」


ぐんっ!と体を引かれているようなおかしな感覚で足が全く動かない。


その事にも取り乱していたら、遊雷の指先が私の頬を撫でた。


「ねぇ…りん。」


その声も指先も視線も何もかも冷たい。


「あの男に…どこまで許した?」


怖い、ただその感情だけが私を突き抜けた。


喉を締められるような緊張感。

この人を怒らせたくない。


「私は…何も…白とは何も…ありません…」


思わず敬語を使ってしまう程の恐怖。

何もひどいことはされていないのに涙が勝手に流れていく。


「じゃあ、何で桜華の贄がりんに会いたがってるの?

あの日、あの贄が文を届けた日に何をしたの?」


私は泣きながら首を横に振った。


「何もっ…何もしてませんっ…!!!」


私のこの話し方が遊雷を怒らせるなんて思ってなかった。


「ほら…それだよ。

アイツにはそんな話し方しないでしょ?」


トンッと強く胸元を押されて尻餅をつく。

私が倒れ込んだのは畳の上だった。


「それに…忘れられないって?

男と女のこと?桜華は気になる事ばかり言ってたけど。」


遊雷にそのまま押し倒されて、ここが遊雷の部屋だと分かる。


「何したの、早く言いなよ。」


酷い…桜華様の言葉なら何でも信じるなんて。

酷いよ…、遊雷。


「私…本当に何もしてない…!」

「じゃあ桜華が嘘ついてるの?

たかが贄の恋愛事情で。」


たかが贄…。

今、たかがって言った?

私のこと、たかが贄だって…。

えぇ、そうよね、たかが贄よ。

あなたにとっては取るに足らない、たかがの存在よ。


やっぱり口だけ、私の事なんて何とも思ってない。


私をたかが呼ばわりして桜華様の大嘘を信じるなんて。


私は遊雷の一番にはなれない。

遊雷の心の奥にいるのは桜華様だ。


そう思った瞬間、胸の痛みが広がり私を殺しにかかる。

抱えきれない程の悲しみに襲われていつの間にか涙が止まらなくなっていた。


もういいわ、そう言うことにしておこう。


桜華様の都合のいいように、遊雷がたかが贄の言い訳なんか聞かなくてもいいように。


「白との事は…誰にも言わない。」


きっとこの答えで合ってる。

私だって状況が分からないから。


白が何らかの理由があって桜華様に嘘をついたのか、桜華様が私を陥れるために嘘をついたのか、それがはっきりするまでは誤魔化しておくのが賢いやり方だ。


それに私が何を言っても…


「僕さえいればいいって…言ったくせに。」

「嘘だよ、そんなの。」



あなたは私を信じないでしょ。

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