第伍話 雷牙

あの日から、兄様とりんがいなくなった。

あの独占欲の強い兄様のことだ。

りんを神隠ししたんだろう。


「はぁ……。」


それにしても長すぎる。

もう十日経った。

りんは生きてるだろうか。


もしもりんに酷い事をしていたら俺が兄様を細切れにしようかと思っているが、残念な程見つからない。


それに加えて……


「はぁ………。」


桜華から俺宛の文が来た。

兄様の行方が分からないこの状況を心配した内容だった。


俺はこれに何と返せばいい?


兄様は信じられない方法で強奪した贄に溺れて帰って来ない、とでも書くか?

それとも兄様の女癖の悪さを謝罪した文を送るか?


たった一人の兄の行方すら分からない自分が情けない。


「はぁ……。」


「わぁ、真っ白だね。

もしかして字の書き方忘れちゃった?」


「いや、字は書けるがこの…。」


バッ!!!!と振り返ったのは言うまでもない。


「ただい、うわ、凄い隈。

もしかして寝不足?」


「兄様!!!!!この戯けが!!!!

今までどこに行っていた!!!!

りんは無事なんだろうな!!!!

りんを粗末に扱っていたのなら俺が兄様を細切れにして」


「雷牙様!」


兄様の無駄に大きな図体の後ろから、りんがひょっこり顔を出した。


「あぁ…りん、無事だな。」


この十日間の疲れがどっと出て来た。


「はぁぁあ………。」


何なんだ、本当に。

これが長男か?絶対に生まれる順番が間違ってるだろ。


「雷牙様」「"りん、駄目だよ?"」


りんが突然話せなくなった。

りんは自分の喉や口を押さえて戸惑っている。

兄様の仕業だな。


「やめてやれ!可哀想だろ!」


全く…この兄は本当に!!


少しだけ兄様の神力を感じた。

兄様に神力を使われたりんはもちろん逆らうことはできない。


贄の所有権が兄様にあるからな。

不遇な贄が神から逃げ出せない最大の理由がこれだ。

神の一言で贄を殺すこともできる。

神からの命令は贄にとって絶対だ。


りんは再び兄様の背に隠れてしまった。


「はぁ……もういい。

兄様、戻って来たのなら一度桜華に顔を見せてやれ。

かなり心配してる。」


兄様はどうでもよさそうに、あー。と答える。


「そう言えば桜華に文の返事を書くのを忘れてたんだよね。」


あぁ、そんなことは百も承知だ。


「それ、どうせ真っ白なら僕に書かせて?」


兄様は俺の書こうとしていた文を指差した。


「あぁ、兄様が直接書いた方がいいだろ。

さっさと書いてくれ。」


俺がそう言うと兄様は筆を取り、ささっと何かを書き上げた。


「はい、できた。」


どうせろくな事書いてない。


ーただいま。ー


ほらな。

ろくな事書いてない。


「じゃあ僕たち二人で出かけてくるねー。」


ガシッ!!!

俺は渾身の力で兄様の肩を掴んだ。


「待て、兄様。

馬鹿も休み休み言ってくれないか?

文をかけ、文を。」


何がただいまだ。

兄でなかったらあの世に送ってる所だぞ。


「雷牙痛い、僕か弱いから肩粉砕しちゃうよ。」


「大丈夫だ、兄様はこの千年神の世で一番強いだろ?」


「え!!!?千年!!!?」


りんは姿は見えないが本当にいい反応をするな。


「あぁ、兄様は今年で千五百になる。

ちなみに俺は今年で千二百だ。

言っておくが俺も兄様も相当な年増だぞ。」


「………遊雷…本当なの?

私は十七よ?」


年増が知られてしまったなぁ?兄様。


さぁ、どうする?


「僕、今年で二十五だよ?

雷牙はすぐ嘘つくから困るよねー。」


声色は優しいが目は笑っていない。

そんなに嫌だったか?自分の食ってきた歳を知られるのが。


「りん、嘘じゃない。

許嫁のいる頭のねじが吹っ飛んだ千五百の爺よりいい男はその辺にゴロゴロいるぞ。」


バチッ!!!「くっ!」


兄様は俺の手に強烈な稲妻を流して来た。

俺が手を離した瞬間、兄様はりんを抱いてどこかへ消えて行く。

相当堪えたようだな。


「ふっ……。」


今日は俺の勝ちだな、兄様。

すっきりした気分で畳にごろんと寝転んだ。

心労が少しだけ消えたな。

あぁ…何だか眠い。

   

絶対に寝るなよ?

まだやる事が山のようにある。


とりあえず桜華へ文を書き、溜まった書類を片付け、兄様を連れ戻し、さらにその兄様に仕事をさせてからなら少し仮眠が取れるかもしれない。


そうだ、やる事やったら眠れるんだ。

まだ寝るな。

いや、目を閉じるだけなら許されるんじゃないのか?


大丈夫、閉じるだけだ。

俺は絶対に寝ない。


(※寝た)

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