りん

遊雷を受け入れてから深い眠りについた私。

疲れや痛みと無縁の世から私を引っ張り上げたのは…


「遊雷…。」


私が愛してやまない神様だ。

いつも通り起きあがろうとしたら下半身の痛みに気付かされる。


「ゔっ…!!!」


腰も内腿も遊雷が入った所も全部痛い。


「りん、痛い?」


遊雷が優しく言うと私を抱き上げ膝の上で抱っこしてくれた。


「少し熱があるね。」


遊雷は私の頭に頬を乗せて優しい口調で続けた。


「ごめんね、りん。」


遊雷が気に病むことはない。

恥ずかしくて絶対に言えないけど、私は嬉しかった。

遊雷と一つになって熱を分かち合ったあの時間は私にとって一生の思い出になったから。


「…………。」


遊雷の言葉になんて返そうか考えていた。

ちゃんと考えて話さないと。

その間を遊雷がどう受け取ったのかは分からない。


「ね…ねぇ…見て、これ。」


突然、何を見て欲しいのかと思った。


遊雷が私の体勢を優しく変え、結果的に私が遊雷を椅子のようにして座る形となる。


すると遊雷が私を抱きしめるように腕を体に回し私の胸の辺りに両手を器のようにして見せてきた。


初めはただの遊雷の両手だったけど…


「えっ?」


突然綺麗なかんざしが現れた。


「……。」


すごい、今のどうやってやったのかな?

そもそもどうして簪?

遊雷がつけるの?髪短いのに?


「これもあるよ。」


その次に出てきたのは綺麗な鞠。


「わぁ……。」


こんな綺麗な鞠初めて見た…。

で、この鞠は何?

遊雷が蹴鞠でもするの?


「あ…えっと…次はこれ。」


次に現れたのは色とりどりの丸い何か。


見たところ飴?

遊雷が食べるのかな?


「わぁ…。」


私が知らないだけで綺麗なものってたくさんあるのね。


「ほら、これもあるよ!」


次に遊雷の手に現れたのは折るのが勿体無いくらい綺麗な折り紙だった。


遊雷が折り紙するのかな?


私を置いていくように次から次へといろいろな物が出てくる。


紅や硝子玉、私が分かるのはこれくらいでまだまだたくさんの美しいものが遊雷の手に溢れかえった。


「すごいね、こんなに綺麗な物初めて見たよ。

見せてくれてありがとう。」


「これ、全部りんにあげるよ。」


え!?私に?何で??

私、物欲しそうに見えたのかな?

そうなら恥ずかしい…!

すごく図々しい女みたいじゃない!


「いい!要らないよ!!」


「何で?全部気に入らなかった?

あ、それとも何か他に欲しいものがある?」


まさか、欲しいものなんてない。

私は遊雷と一緒にいられて幸せなのに欲を出してその幸せを失いたくないのよ。


「欲しいものなんて何もないよ!」


どうして私にこんなにも物を与えたがるの?

私そんなに詫びしそうに見える??


「着物もあるよ?」


遊雷が持っていたものは不思議なことに空中に浮いていてふわふわと漂ってる。


それに見惚れていたら、遊雷が私の顎を後ろから片手で掴んで無理矢理右を向かせた。


「ほら、りんに全部あげる。」


そこにはさっきまでなかった着物がずらりと並んでいた。


赤い着物、桜色の着物、浅葱色の着物、黒い着物、橙色の着物、緑色の着物、黄色い着物、青い着物、灰色の着物……


正直まだまだある。

全て物がいい。

遊雷の部屋が一気に呉服屋になってしまった。


「全部あげるよ。

そうだ、今度一緒に見に行く?

りんの欲しいものは全部買おう?ね?」


どうして私にこんなにも着物を与えるの?


「遊雷、こんなにたくさんもらえないよ。」


これ以上、遊雷に迷惑をかけたくない。

贄の所有権の事でもたくさん迷惑をかけたのに。


その恩を忘れて物をねだるだなんて私にはできなかった。


私がはっきりと断ると遊雷が少し強めに私の耳を噛んだ。


「ひっ////」


何で!?今なんで噛まれたの!?

訳が分からず遊雷の方を見ると…


「え……?」


何というか…怒ってる?いや、怒っていると言うより…


「拗ねてる…の?」


私が聞くと遊雷はさっきみたいに私の顔を掴んで無理矢理前を向かせた。


「…………。」

「…………。」


遊雷……本当に拗ねてる。

でも何で?私が贈り物をことごとく断ったから?

それで拗ねちゃった?


遊雷は私の問いに答えることなく、ギュッと私を抱きしめる力を強くした。


「遊雷、あのね?

私にいろいろ用意してくれたのは本当に嬉しいよ?

私、誰かからこんなにたくさんの綺麗なものを貰った事がないから。

だから…えっと…貰い慣れてないから、驚いちゃったの。」


私がそう言い直すと…


「きゃっ//////」


遊雷がいきなり私を押し倒してきた。


「本当に本当?

僕が初めて??」


さっきとは打って変わってすごく嬉しそうで瞳も輝いていた。


「うん、遊雷が初めてよ///////」


遊雷…笑ったら小さい男の子みたい、本当に可愛い。


「そっか、そっか、初めてなら仕方ないね?

こんなにたくさんだと驚くよね。」


遊雷はそう言って私の頭を撫でた。

機嫌…直ってるよね…?


「これからりんの欲しいものは全部僕が用意してあげるからね。

食べる物も着る物も欲しい物ぜーんぶ。

だから僕を頼ってね?」


遊雷は大人びていて落ち着いているとずっと思っていた。

だけど、私に対してはすごく子供っぽくなることがある。


「うん…これからは遊雷を頼るね?」


私に頼られて面倒に思わないの?

頼るにしても鬱陶しいと思われない程度にしないと。


「いいよ、僕だけ頼ってね。

りんは僕のだからね。」


その言葉を言われて体がピクッと跳ねた。

言われ慣れた言葉のはずがどうしてかとてつもない幸福感に包まれる。


「/////////」


体の中から肌を温められているような感覚だった。


私の緩み切った顔を見て遊雷が綺麗に笑う


「嬉しい?僕のものだって言われて。」


「/////////」


まただ…、また嬉しくて温かい。


「うん、嬉しい//////」


胸がいっぱいになってこれ以上ないくらい満たされる。

ほんの少し前まではこんなに満たされる事はなかったのに。


私、どうしたんだろう。

遊雷と一つになったから舞い上がってるのかな?


「可愛い…本当に可愛い…。」


遊雷の瞳が優しくなってそれに見惚れていたら口付けされていた。


あなたは唇まで優しい。


うっとりして少し心地よくて瞼がゆっくり閉じていく。


そんな時だった。


突然襖が開き…


「兄様、さっき言っていた竹とん………。」


雷牙様がこの部屋に入ってきたのは。


私と雷牙様の目が通常の五倍くらい開き…


「なっ…何してるんだ!!!変態!!!!」


ドッカーン!!

お庭に雷が落ちた。


「んー!!んーー!!」


遊雷!どうして離れてくれないの!?

見られてるよ!?


「/////////」

「あれ?雷牙おかえりー。」


見られた!見られちゃったぁあ!!!!


「なっ…何が!何がおかえりだ!!!

りんになんて事をしてる!!!

嫁入り前の女を押し倒してく…く…口付けなど!!」


「そんなに悪いこと?

雷牙はお堅いね。」


遊雷がにっこりと笑うとまたお庭に雷が落ちた。


「俺はお堅くない!!!

普通だ!兄様が緩すぎるんだ!!!

それに!兄様はいつか桜華と祝言を挙げるだろ!!」


え………?

いきなり頭が真っ白になった。

祝言?

あの美しい桜花様と?

じゃあ…遊雷はいつかあの人と夫婦になるの?


「いつか、ね。

今じゃない。」


私に追い討ちをかけるような遊雷の返答。

いつか、遊雷は桜華様の物になるんだ…。

どうしてこんなに胸が痛いの?

何に心を痛めてるの?

遊雷が私の物にでもなると思った?


「いつか挙げると分かっているなら行動を改めろ!!!

りんで遊ぶな!」


遊び……。

あぁ、そうよね。遊び、よね。

そうだ…忘れてた。

私は贄で遊雷は神様だ。

どんな甘い言葉も口付けも、特別な気持ちは篭っていない。


私が一人で馬鹿みたいに舞い上がっていただけなんだ。


急に暗闇に引き摺り込まれた気分だった。

もう這い上がれない程の暗闇。

私が遊雷をどんなに深く愛しても、遊雷にとってそれは遊びの一環でしかない。


この愛は報われることがない、その事実を突きつけられて苦しいんだ。


遊雷と雷牙様が言い合いをする中で私はぼんやり天井を見上げる。


自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてきた。

分かっているつもりだった、ちゃんと割り切れているつもりだった。


遊び、その言葉をはっきりと他人から聞くまでは。

心を閉じよう、これ以上踏み込まれたら私はきっと戻れない。

自分の身は自分で守らないと。


それは生きていた時も死んだ今でも変わらないわ。


今はとにかくここにいたくなかった。

逃げ出したい、遊雷を見ているのがつらい。

一人になりたかった。


「あの…遊雷。

私、お風呂に入りたい。」


「いいけど、熱は平気?。

あ、そうだ。僕と一緒に入ろうよ。」


もちろん、なれるはずもない。


「熱があるのか!?

なら風呂はやめておけ!そして馬鹿を言うな兄様。

それと、桜華の文の返事は書いたんだろうな?」


「あぁ、書くの忘れてたー。

雷牙が書いておいてよ。」


二人は桜華様とかなり親しい、会話でそれを察する事ができた。


「俺と兄様の字は全く違うから無理だ。」


「えー、僕今は文の気分じゃないー。」


贄の私なんかが一生到達できない所に桜華様はいる。

それは、二人と対等な立場だ。

桜華様は間違っても遊びの女にはされないんだろうな。


「いいから離れろ!!!ほら!!

休ませてやれ!」


雷牙様が遊雷を羽交締めして私から引き離した。


「雷牙は乱暴者だねー。」


「りん、休んでもいいし、あまり勧めはしないが風呂に入りたかったら行ってきてもいいぞ。

俺は兄様と桜華への文を書く。」


雷牙様は気を遣ってくれたみたいで私に行っていいと言う。


「はい、ありがとうございます、雷牙様。」


雷牙様の許可も出たし行こう。

私はこれ以上ここにはいられない。

一人になって考えたい事が山程ある。


「りん、僕も」

「行ってくるね、遊雷。」


遊雷の言葉を聞く余裕もなかった。


目も合わせず部屋を出てお風呂へ向かう。

体が痛くて仕方ないけど、懐かしい感じがした。

生きていた時はいつも傷だらけで塞ぎ込んでいたから。


結局、私は過去も現在も未来も全て同じようにして過ごすんだろう。

早く気付けてよかった。


お風呂に入り、温かさにぼーっとしていた。


そこでようやく自分の心と向き合える。

自分が惨めになる分、桜華様への羨望は膨らんだ。

私はどう足掻いても神様にはなれない。

私は神様とは正反対の位置にいる、贄だから。


だから私はいつか遊雷を失う。

遊雷がいつか桜華様と祝言を上げるのと同じように。

贄は主人に消されない限りこの世に留まり続ける。

私の命は結局いつでも私のものじゃない。

あの薄汚い山神から遊雷に渡っただけだ。


これからの事を考えた方がいい。

このまま遊雷を好きでいたら私はボロボロになる。

どうにかこの気持ちを抑えないと。


しばらく目を閉じていた。

いっそ遊雷を嫌いになれたらな。

想い続けるよりも憎む方が楽だ。


遊雷を嫌って避けて逃げることが出来たらどんなにいいか。

遊雷を好きでいる自分が嫌だ。

遊雷には決まった相手がいる。


人の物を欲しがるなんて浅ましいことはしたくない。


それなのにどうして私は今すぐ遊雷を嫌いになれないの?

そもそも…私が、私のような者が好きになるのもおこがましい相手なのに。


遊雷の側にいられるならどんな形でも幸せだと思っていた。


でも、そんなのは綺麗事で今の私の心は醜く崩れてしまっている。

遊雷が欲しい、あなたの隣を歩きたい、あなたを何の隔たりもなく愛せるようになりたい。


私はいつからこんなにも大それた願いを抱えていたんだろう。

遊雷を私の物にしたい、だなんて。

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