りん
山神の振りかぶった拳がヤケに遅く思えた。
動くと余計に危ない気がして大人しく殴られようと決めた瞬間、ドーン!と大きな音が鳴り響いた。
耳をつんざく落雷の音に周りの神たちは大騒ぎ。
そして綺麗な着物を着ているにも関わらずこの場にいた全員がひれ伏し、地面に額をつけていた。
状況が読めない中、私の目の前で黒焦げになりシュ〜ッと音を立てている山神。
生きてはいるけど虫の息ね。
冷静に見ていると、黒焦げになった山神が突然何かの力で吹っ飛んだ。
一体何が山神を飛ばしたのか、何も分からず次に視界に入ったのは豪華な白い着物だった。
その人を見上げた私は息を呑む。
だって…だって…そんなはずない。
「どうして……?」
これは私の夢なの?
それとも私の都合のいい幻覚?
「ここにいたんだね、りん。」
何にしろ、本当に状況がわからない。
どうして私の目の前に遊雷がいるの?
「遊雷……どうして……?」
私が聞くと誰かが私を怒鳴りつけた。
「この女!!遊雷様になんて口を聞くんだ!」
え?何?遊雷様?
「遊雷様はこの神の世の」ドーン!!!!
「っ!!!」
また雷が突然落ちた。
さっきまで私を怒鳴っていた人がピタリと黙ったからきっとその人に落ちたんだわ。
「りんが何か話してるでしょ?…黙ってろ。」
最後に放たれた言葉が本当に遊雷の物なのか疑った。
そんなに低く怖い声は聞いたことがなかったから。
「また会えて嬉しいなぁ。」
遊雷はその後すぐに私を優しく抱き上げた。
「もう勝手にどこかに行ったらいけないよ、いい?」
それを見てひれ伏した周りの神たちは騒ついていた。
こんなのもう何も言われなくても分かる。
私が恋焦がれていた人は、人ではない。
神様だったんだ。
「兄様!!何をやらかしてくれているんだ!!」
遊雷の目の前に来た誰かは遊雷を兄と呼んだ。
その時に思い出した遊雷との会話。
遊雷には弟がいると言っていた。
きっとこの人がそうだ。
雰囲気は全く違うけど顔は本当によく似てる。
「本当に気が触れたのか!
その娘をさっさとあの黒焦げに返せ!」
弟さんはこんなにも怒っているのに遊雷はニコニコしているだけだった。
「嫌だ、りんは僕のだよ。」
遊雷はご機嫌そうに笑って私の頭に優しく頬擦りした。
「兄様、その娘を気に入ったのは分かるが贄の強奪は禁止されてる。
それに、一番困るのはその娘だろう。
早く返してやれ。」
「えー、そんな事ないよ。
困らないよね?りん。」
話を振られて固まった私。
私は一体なんと答えたらいいの??
「あの……えっと……。」
私が答えを出さないでいると…
「もうすでに困らせてるだろう、早く返してやれ。」
弟さんは痺れを切らしたように言った。
「だから、りんは僕のだよ。
それより僕の邸に行こう?
きっと楽しいよ?」
え??え???
遊雷の邸に??
「兄様!駄目だと言ってるだろう!
その娘はそこで焦げてる奴の物だ!」
遊雷はニコニコ笑って弟さんを見た。
「じゃあ先に帰ってるねー。」
「は!?兄様、まだやる事があるだろう!
おい!あにさ」
弟さんの必死の呼びかけの途中でプツンと景色が途切れるように変わった。
「ごめんね、僕の弟は少し口煩いんだ。」
遊雷は何事もなかったかのように私に話しかける。
もちろん私は首が取れそうなほど辺りを見回していた。
どうやってこんな事をしたの?
大きな邸の大きなお庭には至る所に桜が咲いてる。
いや、そんなことより……。
「遊雷は神様なの…?」
私が聞くと遊雷はニコニコと可愛く笑う。
「うん、そうだよ?
でも僕は下っ端の下っ端の下っ端の下っ端のそのまた下っ端くらいの神様だから畏まる必要はないからね。」
今更どうしてそんな嘘をつくの?
さっきの周りの神たちを見てちゃんと分かったよ。
遊雷がその辺の下っ端の神様じゃないって事くらい。
「でも…神様は神様だし、あんまり馴れ馴れしくするのは…」
「どうして?僕とりんはもうずっと仲良しだから馴れ馴れしくして当然だよ?
それとも仲良しだと思ってたのは僕だけだった?」
遊雷はすごく悲しそうな顔をして私の目を見つめてくる。
「そ、そんな事ないよ!
私も仲良しだと思ってる!」
仲良しというか……私はあなたの事を慕ってる。
出会ったあの瞬間からずっとね。
遊雷に会うためだけに生きていたようなものだったから。
「じゃあ僕たちはずっと一緒にいないとね。
今日から一緒に寝よう?」
一緒に寝る!?
「そ、それは…よくない気がする…。」
「どうして?やっぱり僕たち仲良しじゃないの?」
そ…そんな悲しそうな顔しないでよ!遊雷!
「仲良しだよ!」
「うん、じゃあ一緒に寝ようね。」
いいのかな…?
「本当にそんな事していいの?
遊雷の立場が悪くなったりしない?」
「大丈夫、大丈夫。
こんな下っ端神の事なんて誰も見てないよ。」
本当かな……?
いいのかな……??
遊雷はこの後すぐ頭の中が疑問だらけのままの私を自室へ連れ込んだ。
「ほら、ここが僕たちの部屋だよ?」
僕の、じゃなく?
僕たちの部屋って言った?
その紹介された部屋は特に何もない殺風景な和室だった。
「あの…え?遊雷の部屋だよね?」
「違うよ?僕たちのだよ。」
遊雷が当たり前のように言うから怖い。
私がポカンとしていたら遊雷が私を優しく畳に降ろして覆い被さるように体を近づけた。
「それより、その傷痛そうだね?
僕が治してあげる。」
初めて男の人に押し倒された。
「///////」
息をするのが苦しいくらい心臓が脈打ってる。
「遊雷…/////
近い…////」
私は男の人に優しくされる事になれていない。
こんな風に揶揄われたら耳まで真っ赤になって目も合わせられなくなる。
「大丈夫、すぐに慣れるよ。」
遊雷は他人事のように言うと、容赦なく私の頬に口を付けた。
「っ…//////」
何で??何で??何で//////
「あ、唇も切れてる。」
遊雷はにっこり笑うと…
「ンッ/////」
さらに、私の唇にも口をつける。
あぁー!!!!!!!!!!!
心の中ではそんな叫び声を上げている。
だって、こんな事男の人にされた事がない。
そもそもこれは何?何の意味があるの?
「ゆ…遊雷…これは…/////何?」
私が勇気を振り絞って聞くと遊雷は少しだけ首を横に傾ける。
「これの意味は知らないの?」
この口を付ける行為に何か意味でもあるんだろうか。
「うん、知らない/////」
私は知らないことの方が多い。
自分の名前すら書けないような女だ。
「そっか、じゃあ僕が教えてあげる。」
遊雷は何故か嬉しそう。
私がこんなにも無知で苛ついたりしないのだろうか。
「口付けと言って仲のいい者同士がする事だよ。
僕達は仲がいいから互いのどこに口付けをしてもいいんだよ。」
そ…そうなんだ。
今までそんな事知らなかった。
「僕は口付けてりんの傷を癒す事もできる。
これから怪我をしたら僕に言ってね?」
神様って本当にすごい。
ただ口を付けるだけで傷を治せるなんて。
「うん…ありがとう////」
だけどこの口付けって少し恥ずかしいな。
「顔はもう治ったよ。
他に怪我はない?着物の下とか。」
「着物の下は……大丈夫////」
私が顔を赤くして俯くと遊雷は私の顔を覗き込むようにしてにっこり笑った。
「そうは見えないけどなぁ?」
遊雷が優しく微笑む中、私の着物の帯がゆっくり勝手に解けていく。
「えっ…/////」
帯は蛇のように動き畳を這ってどこかへ行ってしまう。
「ま、待って/////」
帯に待ってと言ったのは初めてだった。
私が帯に向かって伸ばした手を遊雷が優しく引き戻す。
「今は必要ないから帯が逃げちゃったんだよ。
それまで僕とたくさん楽しもうね。」
楽しむ?楽しむって何?
鬼ごっこ?かくれんぼ?
「遊雷、こんな格好じゃ遊べないよ!」
私が必死に訴えかけたら遊雷は緩く口角を上げた。
「大丈夫、僕がちゃんと楽しませるから。」
「え?嘘っ////なんで/////」
着物がたんぽぽの綿毛になり少しずつ消えていってしまった。
「遊雷、あの、待って、待って/////」
目がぐるぐる回りそう。
だって、遊雷の前で裸になってしまったんだから。
「……。」
遊雷は私の裸を見て無表情になる。
貧相な体だから醜く思っているのかもしれない。
「僕のりんにこんな怪我させるなんて…。」
低い声で呟いた瞬間、この部屋がガタガタ揺れ始めた。
遊雷が怒っていることは手に取るように分かった。
「私は大丈夫!見た目ほど痛くないよ?
だから怒らないで?」
優しいあなたに怒りの感情なんて似合わない。
私の言葉を聞いて揺れが収まった。
遊雷はにっこり笑って私の頬に口付けする。
「怖がらせてごめんね?
もう怒らないからそんな顔しないで?」
よかった、いつもの遊雷だ。
いつもの……
「うん…////」
私が大好きな遊雷。
首筋や肩に口付けされて何とも言えない気分になる。
私っておかしいのかな?
ただ傷を治してもらっているだけなのに、心地いいなんて。
それから至る所に口付けされた。
どこにされても緊張したけど、一番緊張したのは…
「っ〜///////」
「真っ赤、かわいーね。」
内腿への口付けだった。
確かに痣にはなっているけど、こんなとこまで治してくれなくてもいいのに。
何にしてもこのままでいいはずがない。
「遊雷/////もう大丈夫…これ以上は恥ずかしい///」
「どうして?僕たち仲良しなのに?」
遊雷は顔を上げて私の目を見て首を少し傾げる。
幼気な少年が分からないことを聞いているような仕草だ。
「なっ…仲良しだけどっ!これ以上は…/////」
「これ以上は?」
遊雷は私の足を閉じさせて、私の両膝に顎を置いた。
「生涯を共にする人にしか…触らせちゃいけないって……////
ほ…本当は裸だっていけないことなのに…///」
生前、あの集落で女達はみんなそう言っていた。
自分の夫以外に触らせるところではないのだと。
「えー、それすごく可愛いー。」
遊雷はニコニコ笑って座り直すと私を横に抱き膝の上に乗せた。
「僕のりんは純粋で可愛いねぇ。」
遊雷は私の頭のてっぺんに優しく頬ずりした。
それより、また…僕のって言ってくれた。
「嬉しい/////僕のりんって…////」
「そうだよ、僕のりんだよ。
僕がずーっと可愛がってあげるからね。」
いいのかな?
本当に大丈夫なのかな?
迷惑にならない?
遊雷を困らせない?
聞きたいことがたくさんあって遊雷を見つめた。
「りん、僕には何でも言っていいんだよ?
どうしたの?」
あなたが優しく聞いてくれるから、私なんかの目をちゃんと見つめてくれるから心がとても暖かい。
聞きたい事はたくさんある。
でも、その中でも一番聞きたい事はこれしかない。
「私は…遊雷と一緒にいてもいいの?」
大好きなあなたとずっとずっと一緒にいたい。
許されるのなら、遊雷に迷惑がかからないのなら私はあなたの側にいたい。
生きていた時も死んだ時でさえも求めていたのはあなただけだったから。
遊雷は私の目をしっかり見て、太陽みたいに暖かく優しく笑ってくれた。
「もちろん、僕たちはずーっと一緒だよ。」
その答えがどれ程私の心を救っただろう。
「っ……/////」
そしてどれ程、私を溺れさせただろう。
「あれれ?泣いちゃった。
りんは泣き虫さんだね?」
遊雷にはきっと何一つ分からない。
神様にはきっと分からない感情よね。
ただ一人、あなただけって言うのは。
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